赫い滴と湿った吐息
第八章:終焉の楽園、永遠に閉ざされた庭

第一話:外界の死、深淵の揺り籠 1

​「……ここがお前の、新しい世界のすべてだ。もう、鏡も、窓も、お前には必要ない」

男の低い声が、森の深淵に建つ古びた洋館の、湿った石壁に冷たく反響し、少女の剥き出しの意識を重く、執拗に圧迫する。

鼻腔を支配するのは、長年閉じ込められていた埃とカビの混ざり合った死臭のような匂いと、男の指先から漂う、冷徹な事務処理と支配を象徴する清潔なインクの香り。

視界に映る彼女の瞳は、外界の光を遮断したこの地下室の暗闇に、まるで深い泥沼に沈んでいく標本のように、無機質な美しさで凝固していた。

​「……おじさん、ここ……静かだね。私の、心臓の音……おじさんに、全部、聞こえちゃうね……っ」

少女の喉から漏れた、個性を削ぎ落とされた掠れ声が、湿った熱を帯びて、男の耳腔にねちっこく、縋り付くように絡みつく。

耳朶を打つのは、男が入り口の頑丈な閂をゆっくりと、二度と開かぬ決意を込めて下ろす、決定的な鉄の断絶音。

舌先に残る自身の征服という名の鉄錆の味が、男の口腔を、一人の人間を完全に「社会的な死」へと追い込み、自分だけの器へと作り替えた後の、暗い悦楽で満たした。

​「……そうだ。お前の鼓動も、吐息も、この地下室に沈殿するすべての酸素が、私の管理下にある」

男の手が、彼女の細い顎を強引に掬い上げると、指先に伝わるのは、もはや逃げ場のないことを悟り、主人の支配にのみ反応するよう調教された、卑屈な筋肉の脈動。

触れ合う二人の肌の間で、立ち上る絶望という名の冷たい汗が、彼女の皮膚を男の掌へと吸い付かせ、逃げ場のない「一体化」という名の監獄を完成させた。

視覚を奪うほどの眩いランタンの炎が、彼女の青白い顔を、主人の手で命を吹き込まれるのを待つだけの「肉人形」のように、美しく、残酷に暴き出した。

​「おじ、さん……。私を、壊して……。外の世界が、私を忘れちゃうくらい……ボロボロに、して……っ」


彼女の指先が、男の腕に深く爪を立て、自身の存在を男の肉に刻み込もうとするように、ねちっこく、執拗に、かつ激しく震え続ける。

掌に伝わる彼女の身体の軽さは、自分という名の名前も、過去も、誇りもすべて捨て去った、ただ男に愛でられるためだけの、無機質な器の重み。

遠くで、屋敷の屋根を叩く無慈悲な雨音が、この閉ざされた庭で行われる「最後の調教」を、誰にも届かぬ深淵へと押し流し、二人の境界を完全に消し去っていく。

​「……壊しはしない。永遠に、この形で固定してやる。……お前が自分自身を、ただの『道具』として愛せるようになるまでな」

男の指先が、彼女の瞳の縁をなぞり、外界への最後の未練を物理的に掻き消すように、支配という名の冷徹な熱を、脳髄の奥底まで深く注ぎ込んだ。

溢れ出した「終焉」の愉悦が、地下室を、名もなき所有物が鎮座するための、甘美で無慈悲な祭壇へと変える。

日常が完全に死に絶えたその暗闇で、彼女の細い吐息は、男の支配という名の永劫の沈黙へと、ただ静かに、そして無残に沈んでいった。
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