赫い滴と湿った吐息

第三話:共犯者の逃避行、終わらない夜の始まり 3

​「……着いたぞ。ここが、お前が自分自身を埋葬する場所だ」

男の低い声が、深夜の冷気に包まれた人里離れた隠れ家の玄関先に、逃げ場のない重奏となって響き渡る。

鼻腔を支配するのは、鬱蒼と茂る森が吐き出す湿った土の匂いと、長い間放置されていた屋敷が放つ、古びた紙と死骸の混ざり合った、静かな「腐敗」の予感。

視界に映る彼女の瞳は、車のライトが照らし出す荒れ果てた庭を、絶望という名の故郷を見つけたかのような、熱っぽく、虚ろな眼差しで見つめていた。

​「……ここ、だね。私、を……誰にも見つからない、暗いところに……閉じ込めて、おじさん……っ」

少女の喉から漏れた、狂信的なまでの受容を孕んだ掠れ声が、湿った夜の静寂に、ねちっこく、執拗に絡みついていく。

耳朶を打つのは、男が古びた扉の鍵を回す、不吉な解放と封印を同時に告げるような、ギリギリとした金属の軋み音。

舌先に残る自身の終焉という名の鉄錆の味が、男の口腔を、社会という光から一人の人間を完全に引き剥がした後の、冷徹な勝利の味で満たした。

​「……ああ、隠してやる。お前が鏡を見ることも、自分の名を呼ぶこともない、私の指先だけが真実の世界だ」

男の手が、彼女の細い腰を強引に抱き寄せ、暗闇の奥へと誘うと、指先に伝わるのは、外界の風に晒されて震える肉体の、異常なほどの敏感な拍動。

触れ合う二人の肌の間で、立ち上る共犯という名の冷たい汗が、彼女の「個」としての最後の輪郭を、ドロドロに溶かし、屋敷の闇の一部へと変質させていく。

視覚を奪うほどの眩い車のヘッドライトが消された瞬間、世界は完全な「無」に支配され、彼女の存在は公式に、この世から消滅した。

​「あ、っ……おじ、さん、暗い……。でも、おじさんの匂い、だけ……わかるから、怖くない、の……っ」

彼女の指先が、男の腕の肉に深く食い込み、自身の存在を証明する唯一の錨(いかり)として、ねちっこく、必死に、かつ激しく縋り付いてくる。

掌に伝わる彼女の震えは、もはや恐怖ではなく、男の支配という深淵に沈みきった者だけが享受できる、倒錯した安らぎの痙攣。

遠くで、夜明けを拒絶するように森の奥で枝が折れる音が、この閉ざされた楽園の完成を、無機質に、そして淡々と告げていた。

​「……今日からお前は、私の吐息だけで生きろ。それ以外は、すべて死んだと思え」

男の指先が、彼女の口元を支配という名の冷徹な接吻で塞ぎ、外界への最後の未練を、脳髄の奥底まで、ねっとりと、執拗に押し潰した。

溢れ出した「完成」の静寂が、隠れ家を、名もなき共犯者たちが永遠に睦み合うための、甘美で無慈悲な霊廟へと変える。

日常の断絶を告げる重い扉が閉まり、彼女の細い吐息は、男の支配という名の永劫の闇へと、ただ静かに、そして無残に沈んでいった。
< 62 / 75 >

この作品をシェア

pagetop