刻(とき)の断罪 ―真紅の絆―
美晴と俊太が消えてから、京太郎の精神は完全に均衡を失っていた。
かつて贅を尽くしたリビングは、投げ捨てられた酒瓶と割れたグラスの破片で埋め尽くされている。彼は受話器を握りしめ、かつて「掃除」を依頼していた裏社会の男、黒田に怒声を浴びせた。

「……どこだ! どこに隠しやがった! 黒田、お前の人脈を総動員しろ。あの女とガキを、髪の毛一本逃さず俺の前に引きずり出せ!」

電話の向こうで、黒田はゆっくりと煙草を吸い込む音を立てた。その沈黙は、獲物をじっくりと値踏みする捕食者のそれだった。
「田之上社長、落ち着いてください。……今のあんたの立場、分かってますか? 警察もマスコミも、あんたの首を狙って動いてる。そんなリスクを冒して動ける人間が、どこにいるって言うんです」

「金だ! 金ならいくらでも出す! 望む額を言え、すぐに用意してやる!」

京太郎の、魂を切り売りするような叫び。それを受け、黒田の声から一切の感情が消え、底冷えするような低いトーンに変わった。

「……『いくらでも』、ですか。いい響きだ。じゃあ、まずは手付金として五億。それから、捜索にかかる経費と口封じの費用で、最終的には……そうですね、あんたが隠し持っている全財産、その半分は頂くことになりますが。いいんですね?」

「……なっ、半分だと……!?」

「嫌なら結構だ。あんたの首には、すでに警察から『招待状』が届きかけてる。どっちが安い買い物か、頭の回る社長さんなら分かりますよね?」

「……分かった。出す、出してやる! だから早く、早くあいつらを見つけろ!」

京太郎は、自らの首を絞める縄を、自ら買い取っていることにすら気づいていなかった。


翌朝。京太郎は黒田からの吉報を待ち、一睡もできぬまま夜を明かした。
玄関のチャイムが鳴った瞬間、彼は弾かれたように立ち上がった。
「見つけたのか!? 美晴はどこだ!」

だが、扉の向こうに立っていたのは、防弾チョッキに身を固めた捜査員たちの群れだった。
「……田之上京太郎。国際テロ組織への資金提供、および組織的犯罪処罰法違反の容疑で逮捕状が出ている」

「何だと……? 黒田! 黒田はどうした! 警察を呼んだのはあいつか!」

「おとなしくしろ。あんたが黒田に送ったとされる『活動資金』の記録、それにあのフランス語の誓約書。すべて、あちらさんから『証拠』として提出されてるんだよ」

刑事が突きつけたのは、あの夜、深紅のドレスの美女に手渡されてサインした、フランス語の書類だった。そこには、京太郎の直筆署名と、鮮明な指紋が残酷なまでにくっきりと残っていた。
黒田たち裏社会の人間は、沈みゆく泥舟である京太郎を助けるフリをして、彼を警察に売ることで自分たちの罪を帳消しにする「手土産」にしたのだ。

「……あ、あああああ!」

自分がサインしたものが「二十億の融資」ではなく、自分を死地へ送る「死刑執行書」だったのだと悟った時、京太郎の口からは、獣のような、しかし弱々しい悲鳴が漏れた。
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