零班は落第寸前!――名門男子校は秘密のスパイ養成学校でした――
放課後、荷物をまとめた瞬間に篠宮教官が言った。
「零班は残れ。補講だ」
「まだあるんですか!?」
俺と火村の声がきれいに重なった。
「移動訓練。足音を消せ」
「急に忍者みたいなこと言い出したな!?」
連れていかれたのは、旧資料棟へ続く細い回廊だった。床板は古く、ところどころに小さな鈴が吊ってあり、端には紙の帯までぶら下がっている。ちょっと触れただけで鳴るし揺れる。罠みたいだった。
しかも補助役として待っていたのが、秋月先輩だった。
「お昼ぶりだね」
「先輩、本当に授業でやるんですね」
「言っただろ?」
秋月先輩は笑って、床板を軽くつま先で示した。
「音を消したいなら、床を敵にしないこと。踏みつけるんじゃなくて、乗せる」
「言ってることはわかるんですけど、できる気がしません」
「最初はみんなそうだよ」
白鷺がもうやる気満々だった。
「よーし、いっちょ華麗に」
最初の一歩で鈴を鳴らした。
ちりん。
「ださっ」
俺が言うと、白鷺が振り返った。
「今のは発声練習!」
「足音の授業で発声練習はいらないんだよ」
火村はこっそり靴底に何か貼ろうとして、篠宮教官に没収された。
「不正だ」
「工夫です!」
「まず自分の足で歩け」
大河内の一歩は、見た目どおり重かった。
ぎしっ。
ちりちりん。
本人がいちばんしょんぼりしていた。
「……鳴った」
「豪、気にするな。床が弱い」
「慰めが雑」
九条は上手かった。腹が立つくらい上手かった。無駄がなくて、鈴も紙もほとんど動かない。
俺は最初、普通に踏み出して普通に鳴らした。
ちりん。
「ほら有馬、幽霊の道は険しい」
「誰が幽霊になるか」
でも二回目で、少しだけわかった。
床の木目と釘の位置を見る。古い板は、端よりも中央が軋む。わずかに色の違う梁の上なら、鳴りにくい。
温泉街の床も古い。客がどこを踏むと物が揺れるか、街を歩いているとなんとなく覚える。あれと少し似ていた。
三歩。四歩。五歩。
鈴は鳴らなかった。
秋月先輩が小さくうなずいた。
「いい。目が使えてる」
白鷺がひゅっと口笛を吹こうとして、篠宮教官ににらまれてやめた。
最後まで無音、とはいかなかった。最後の最後で、俺は紙帯に肩が触れてしまった。
ぱさっ。
「うわ、最悪」
「惜しい」
秋月先輩が笑った。
「でも今ので十分、最初としては上出来」
篠宮教官が言った。
「有馬は足を消すより、経路を選ぶほうが向いている」
「褒めてます?」
「半分だ」
「零班は残れ。補講だ」
「まだあるんですか!?」
俺と火村の声がきれいに重なった。
「移動訓練。足音を消せ」
「急に忍者みたいなこと言い出したな!?」
連れていかれたのは、旧資料棟へ続く細い回廊だった。床板は古く、ところどころに小さな鈴が吊ってあり、端には紙の帯までぶら下がっている。ちょっと触れただけで鳴るし揺れる。罠みたいだった。
しかも補助役として待っていたのが、秋月先輩だった。
「お昼ぶりだね」
「先輩、本当に授業でやるんですね」
「言っただろ?」
秋月先輩は笑って、床板を軽くつま先で示した。
「音を消したいなら、床を敵にしないこと。踏みつけるんじゃなくて、乗せる」
「言ってることはわかるんですけど、できる気がしません」
「最初はみんなそうだよ」
白鷺がもうやる気満々だった。
「よーし、いっちょ華麗に」
最初の一歩で鈴を鳴らした。
ちりん。
「ださっ」
俺が言うと、白鷺が振り返った。
「今のは発声練習!」
「足音の授業で発声練習はいらないんだよ」
火村はこっそり靴底に何か貼ろうとして、篠宮教官に没収された。
「不正だ」
「工夫です!」
「まず自分の足で歩け」
大河内の一歩は、見た目どおり重かった。
ぎしっ。
ちりちりん。
本人がいちばんしょんぼりしていた。
「……鳴った」
「豪、気にするな。床が弱い」
「慰めが雑」
九条は上手かった。腹が立つくらい上手かった。無駄がなくて、鈴も紙もほとんど動かない。
俺は最初、普通に踏み出して普通に鳴らした。
ちりん。
「ほら有馬、幽霊の道は険しい」
「誰が幽霊になるか」
でも二回目で、少しだけわかった。
床の木目と釘の位置を見る。古い板は、端よりも中央が軋む。わずかに色の違う梁の上なら、鳴りにくい。
温泉街の床も古い。客がどこを踏むと物が揺れるか、街を歩いているとなんとなく覚える。あれと少し似ていた。
三歩。四歩。五歩。
鈴は鳴らなかった。
秋月先輩が小さくうなずいた。
「いい。目が使えてる」
白鷺がひゅっと口笛を吹こうとして、篠宮教官ににらまれてやめた。
最後まで無音、とはいかなかった。最後の最後で、俺は紙帯に肩が触れてしまった。
ぱさっ。
「うわ、最悪」
「惜しい」
秋月先輩が笑った。
「でも今ので十分、最初としては上出来」
篠宮教官が言った。
「有馬は足を消すより、経路を選ぶほうが向いている」
「褒めてます?」
「半分だ」