零班は落第寸前!――名門男子校は秘密のスパイ養成学校でした――

第四章「赤い封筒を盗め」

講堂は、校長の最後の一言のあと、三秒くらい死んだ。

俺はまず耳を疑って、次に学校の正気を疑った。

「……今、なんて言いました?」

後ろのほうで誰かが恐る恐る聞いた。校長は穏やかな顔のまま答えた。

「校長室の赤い封筒を盗め、と言った」

言い直してもだめだった。やっぱりだめだった。

白鷺が小声で言った。

「そっちより、スパイ養成学校って方が気になるんだけど」

「それについてはスルーらしいな」

校長はざわつく講堂を見渡した。ほんとにざわついてはいたけど、普通の学校みたいな悲鳴じゃなかった。みんな声を飲みこんで、代わりに目だけがぎらっとしていた。やっぱりこの学校、いろいろおかしい。

「説明は簡単だ」

校長は指を一本立てた。

「対象は、今この時点で校長室の机上にある赤い封筒一通。期限は二十二時の鐘まで。班単位で挑め」

もう一本、指が増えた。

「手段は問わない。ただし、人を傷つけるな。校舎を壊すな。赤い封筒以外を持ち出すな」

三本目。

「班外との共闘は禁止。どこか一つの班が担当教官へ提出した時点で全員の試験を終了とする」

誰かが「ほんとに学校かここ」とつぶやいていた。全面的に同意だった。

校長はにこやかに言った。

「では、第一試験を始めよう」

その瞬間、講堂の空気が一斉に動いた。

A班は早かった。立ち上がるなりその場で輪を作って、すでに役割分担を始めている。指で廊下の図みたいなものを描いてるやつ、時計を見てるやつ、出口の位置を確認してるやつ。動きに迷いがなかった。

B班はもっと散るのが早かった。出口の脇で上級生に話しかけてるやつがいる。笑ってるのに、目だけは全然笑ってない。会話術の授業をその日のうちに実戦投入してくるな。

C班はなぜか天井と窓を見ていた。

「なんであいつら上見るの」

俺が言うと、九条が即答した。

「扉以外の進入経路を考えてるんだろう」

「その発想がもう怖い」

火村はうずうずしていた。

「よし、俺も工具箱――」

「却下」

俺と九条の声がきれいに重なった。

白鷺が肩を震わせた。

「仲いいじゃん」

「よくない」

「最悪の一致だ」

大河内だけが、いつも通り低い声で言った。

「……盗る」

「感想が短い!」

そこへ篠宮教官が通りかかった。俺たち五人を見て、眉一つ動かさずに言った。

「零班。騒ぐ暇があるなら頭を使え」

「教官、せめてヒントを」

白鷺が言うと、篠宮教官は冷たかった。

「現場を見ろ。見てもわからなければ、わからないまま負けろ」

それだけ言って去っていった。

「うわ、厳しい」

「でも間違ってはない」

九条が言った。

「それと、もう一つ気になる」

「なに」

「校長はただの“封筒”じゃなく、“赤い封筒”と言った」

俺は少し考えた。

「……言われてみれば」

白鷺が首をかしげた。

「赤以外もあるってこと?」

九条は腕を組んだまま続けた。

「わざわざ色を指定したのは理由がある」

白鷺がにやっとした。

「いいねえ。急に試験っぽくなってきた」

「最初から試験だよ」
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