零班は落第寸前!――名門男子校は秘密のスパイ養成学校でした――
南離れに戻る途中で、白鷺がふっと笑った。

「有馬ってさ」

「なに」

「案外班長っぽいよね」

「やめろ。荷が重い」

結局、もう一度教室に集まった。

今度はさっきみたいに、五人が五方向を向かなかった。

九条が黒板に西回廊の簡単な図を描く。俺が死角の位置を言い、火村がそれをのぞくための小さい鏡と、音だけ出る仕掛けを出した。白鷺は見張りの気を引くときの話し方や歩き方を試して、大河内はそれを横で支える役を引き受けた。

「派手な変装はしない」

九条が言った。

「顔を変えるんじゃなく、役を作る。白鷺、お前は“慌ててる一年”だ」

火村が胸を張った。

「俺の道具は二つ。のぞく鏡と、反対側で小さく音を出すやつ。爆ぜない」

「最後の一言が毎回怖い」

「信用がないなあ」

「実績だよ」

大河内は黒板の図を見て、低く言った。

「俺、白鷺の横」

「そう。大河内を一人で前に出すのはなしだ」

俺が言うと、大河内は短くうなずいた。

「……わかった」

白鷺がにやっとした。

「大河内と組むのかあ。安心感すごい」

「お前は安心させる側に回れ」

「はいはい」

九条はチョークを止めた。

「有馬は死角を見る役だ。動くのはそのあとだ」

「俺が取るんじゃないのか」

「最終的には状況次第だ。だが、最初に誤れば終わる。お前の目が必要だ」

それはたぶん、この班で初めてまっすぐに頼られた言い方だった。

だからちょっとだけ、くすぐったかった。

「……わかった」

火村がぱちんと指を鳴らした。

「じゃあ、零班式だ」

「なんだよその雑な名前」

白鷺が笑う。

「A班みたいにきれいじゃない。B班みたいに話術全振りでもない。C班みたいに豪快でもない。全部ちょっとずつだ」

「零班らしいな」

俺が言うと、九条が珍しく否定しなかった。

「悪くない」

まだ仲良しにはほど遠かった。

白鷺は相変わらず調子がよくて、九条は相変わらず感じが悪くて、火村は相変わらず危なっかしくて、大河内は相変わらず言葉が少ない。俺もたぶん、相変わらず顔に出てた。

でも、さっきまでばらばらだった考えが、ようやく一枚の机の上に乗った気がした。

白鷺が扉に手をかけた。

「よし。A班の真似でも、B班の真似でも、C班の真似でもない。零班は零班のやり方で行こう」

俺たちが立ち上がったそのとき、窓の外、校長室のある西回廊の灯りの下を、さっきと同じ人影がもう一度だけ、死角の三歩をなぞって消えた。
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