零班は落第寸前!――名門男子校は秘密のスパイ養成学校でした――
しばらく誰も動かなかった。

やがて九条が、ほとんど息みたいな声で言った。

「確認したな」

白鷺が、いつものふざけた調子を全部捨ててうなずく。

「うん。真砂先輩、地下通路使ってる」

火村の目がぎらっとした。

「行く?」

大河内が俺を見る。

「……どうする」

さっきまでなら、またそこでばらばらになってた気がした。

でも今は違った。

「行く」

俺が言うと、九条もすぐ言った。

「行く。だが急ぐな」

俺たちは暗がりから出た。展示戸棚の前に集まる。

「各自、見た順に」

九条が言った。

「右下から二つ目の鋲」

俺はすぐ言った。

「押したあと、左肩で入れた。こう」

白鷺が真砂先輩の動きをそのままなぞるみたいに腰を落とした。気味が悪いくらいそっくりだった。

火村がしゃがみこむ。

「鋲の奥、ばね式だ。けど古い。押すだけだと戻る」

「支えればいい?」

俺が聞くと、火村はうなずいた。

「うん。細いの入れて固定する」

工具袋から、ほんとに細い金具が出てきた。

「それ、爆ぜないよな」

「だから爆ぜないって!」

「念のため確認しただけだ」

大河内が戸棚に手を置いた。

「……重い」

「一人でやるなよ」

俺が言うと、大河内はこくっと小さくうなずいた。

九条が廊下を見た。

「巡回までまだある。白鷺、角を」

「了解」

白鷺がすっと離れる。

「火村、金具」

「うん」

「有馬、位置」

「ここだ。右下から二つ目、少し奥」

「大河内、まだ動かすな」

「……うん」

火村の細工具が鋲の脇へ入る。小さな金属音。

「入った」

「有馬、押せ」

俺は指先で鋲を押した。指先に、かち、と軽い手ごたえが返る。

「今!」

九条の声と同時に、大河内が左肩で戸棚を押した。白鷺が角から戻ってきて、真砂先輩の動きそのままの角度で上から支える。火村が金具を固定したまま歯を食いしばった。

戸棚は最初、びくともしなかった。

「やば、固い」

火村が言う。

「折れるかも」

「折るな」

九条が即答した。

「無茶言うな!」

「じゃあ無茶しないで開けろ」

「お前ほんと!」

そこで、大河内が力を入れすぎそうになったのを見て、俺は反射で言った。

「豪、待て。一気にじゃない。白鷺、もう少し肩下げろ。火村、そのまま。九条、今見張り!」

自分で言ってから、俺が一番驚いた。

でも、四人は何も言い返さなかった。

白鷺がすっと姿勢を変える。

「こう?」

「そう」

火村が金具を押さえる。

「まだいける」

大河内が、今度はほんとに静かに力をかけた。

ぎ、という低い音。

展示戸棚が、ゆっくり左へずれた。

その向こうに、幅一人分の暗い口が現れた。

冷たい空気が、下からすっと上がってきた。

古い石と湿気のにおいがした。真っ暗な階段が、細く下へ続いている。

白鷺が、珍しく息をのんだまま言った。

「……開いた」

火村が小さく拳を握る。

「よっしゃ」

九条がその声を即座に切った。

「静かにしろ」

でも、九条の声も少しだけ速かった。

大河内が階段の闇を見下ろした。

「……下、ある」

「それは見ればわかる」

俺が言うと、白鷺が笑いをこらえるみたいに肩を揺らした。

夜の旧校舎で、俺たちは地下への扉を開けた。

その闇の底から、遅れてひとつ、金属の扉が閉まる音が返ってきた。
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