零班は落第寸前!――名門男子校は秘密のスパイ養成学校でした――
俺が言うと、真砂先輩は小さく息を吐いた。

「零班にここまで塞がれるとはな」

白鷺が黒い封筒をひらっと見せた。

「初めてちゃんと役割分担したもんで」

「その初回でこれか」

真砂先輩は苦く笑った。

火村がすかさず言った。

「ベル、鍵、幕、紙吹雪。きれいにつながった!」

「そこで胸張るな!」

「いや、でも俺の仕掛け、かなり良くなかった!?」

「そこは認める」

九条が言った。

「うるさいが、有効だった」

火村の目が輝いた。

「九条が褒めた!」

「半分だ」

「うわ、いつものやつ!」

真砂先輩はそんな俺たちを見て、少しだけ目を細めた。

「……ずいぶん、変な班だな」

「知ってます」

俺は言った。

「でも、だから止められました」

その瞬間、真砂先輩の表情が少し変わった。

怒っているわけでも、笑っているわけでもなかった。

何かを諦める手前の顔だった。

「これで、この学校の何が変わる」

低い声だった。

祭りの音が、その言葉のあとだけ遠く聞こえた。

「兄は“特別進級は栄誉だ”と言われて、三日後に消えた。家にも連絡はない。部屋も、名簿も、写真も消えた。表では町に笑って、裏では人を消す学校だ」

黒い封筒を抱えた白鷺が、いつもの軽い顔を少しだけやめた。

火村も黙る。

大河内だけが、小さく言った。

「……いやだ」

真砂先輩が、大河内を見る。

「何が」

「……いなくなるの」

短いのに、妙にまっすぐだった。

真砂先輩の目が、ほんの少しだけ揺れた。

俺は言った。

「先輩の兄さんのこと、変だと思います」

うまい言い方はできなかった。

でも、そこで取り繕うのは違うと思った。

「でも、だからって黒い封筒を外に渡したら、今いるやつまで危なくなる」

「ではどうする」

真砂先輩の声は静かだった。

「黙って、優秀な顔で、学校の都合を信じろと?」

詰まりかけた俺より先に、九条が口を開いた。

「信じろとは言わない」

全員が九条を見る。

「だが、まだ調べられる余地はある」

真砂先輩が、九条を見た。

「お前が?」

「僕らがだ」

九条は一度だけ俺たちを見た。

「零班で」

その言い方が、妙に腹に落ちた。

白鷺が帽子を外す。さっきまでの疲れた役場兄ちゃんの顔が、そこで消えた。

「祭りで外に渡すの、派手すぎるんですよ。町の人まで巻きこむし」

大河内が一歩前に出た。

「……通さない」

それだけだった。

でも、その一歩で十分だった。

真砂先輩は目を伏せた。

逃げ道は、もうなかった。
黒い封筒も、もう白鷺の手にある。

それでも、先輩の顔は“悪いやつが負けた”って顔じゃなかった。

腹の底で、長く煮えていたものが、ようやく止まったみたいな顔だった。

そのとき、時計台の陰から篠宮教官が現れた。

気づいていそう、どころじゃなかった。
たぶん最初から、全部じゃなくても、かなり見ていた顔だった。

「終わったか」

俺は思わず言った。

「見てたんですか」

「全部ではない」

篠宮教官は真砂先輩と、白鷺の持つ黒い封筒を見た。

「だが、零班が祭りでやたらいい位置を取っていれば嫌でも目立つ」

「全然褒めてない」

白鷺がぼやくと、篠宮教官はあっさり言った。

「褒めてはいない」

「ですよね」

篠宮教官は俺たちの前で足を止めた。

「責任だけは取れと言った」

教官の目が、五人を順に見た。

「取れたようだな」

その一言で、ようやく肩の力が抜けた気がした。

白鷺が黒い封筒を差し出す。

篠宮教官はそれを受け取った。

秋月先輩のほうを見ると、白手袋の男はいつの間にか学園側の大人に囲まれていた。秋月先輩はこっちに気づいて、軽く手を上げる。

「零班、お疲れ」

「先輩、いたんですね」

俺が言うと、秋月先輩は笑った。

「祭りは人手が要るからね」

その笑顔のまま、白手袋の男の逃げ道だけは一歩も空けてなかった。やっぱりこの学校の上級生、ちょっと怖い。

真砂先輩は篠宮教官に促されても、すぐには動かなかった。

最後に、俺たちを見た。

「零班」

「はい」

「穴だらけのくせに、妙なところで噛み合うんだな」

白鷺が言った。

「ほめました?」

「……半分な」

「うわ、感染してる」

真砂先輩はそれで初めて、少しだけちゃんと笑った。

それから、篠宮教官と一緒に時計台の陰へ消えていった。
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