零班は落第寸前!――名門男子校は秘密のスパイ養成学校でした――
祭りは、何もなかったみたいに続いていた。

たこ焼きの匂いがして、綿あめが風に揺れて、子どもが金魚すくいで泣いていた。さっきまで時計台の裏で黒い封筒が飛んでたなんて、たぶん誰も知らない。

知られないまま終わったのは、きっとよかったんだと思う。

「……疲れた」

俺が言うと、白鷺がのびをした。

「いやあ、祭りっていいね。変装しても誰も気にしない」

「感想が職業病なんだよ」

火村はまだ興奮していた。

「見た!?有馬の四発!あれ、だいぶ芸術だった!」

「芸術にするなよ」

「鍵箱から鍵落としたとこ、最高だった」

大河内が紙袋を差し出してきた。

「……たこ焼き」

「いつ買ったの!?」

「封鎖の前」

「買ってから封鎖してたのかよ!」

九条が呆れたみたいに言った。

「歩きながら食うな。みっともない」

白鷺が即座に返した。

「お前だってりんご飴持ってるじゃん」

俺は九条を見た。

ほんとだった。赤いやつを持っていた。

「なんでだよ」

「火村が勝手に持たせた」

火村が誇らしげに言う。

「糖分は大事!」

「雑な栄養管理だな」

それでも、なんか少しだけ笑えた。

俺は五人で歩きながら、ふと思った。

「なあ」

俺が言うと、四人がこっちを見た。

「今日、俺一人だったら絶対無理だった」

白鷺がすぐ言った。

「知ってる」

「そこは否定しろよ!」

九条が続けた。

「事実だ」

「お前も!」

火村が笑った。

「でも俺も一人じゃ無理」

大河内がうなずく。

「……俺も」

白鷺が肩をすくめた。

「じゃあ、零班だから勝てたってことでいいじゃん」

その言い方が、妙にしっくりきた。

学園は満開の桜の中で相変わらず綺麗だった。白い校舎、整った並木、上品な静けさ。町から見れば、礼儀正しい名門男子校そのものだ。

でも、俺にはもう、それだけには見えなかった。

地下施設も、消えた名前も、黒い封筒を盗んだ先輩の言い分も、全部この中にある。

守るべきものがあるのは確かだった。
でも、その守るべきものの中に、見ないふりをしたらだめなものまで混ざってる気がした。

黒い封筒は取り返した。けど、鷹ノ宮学園の見え方はその日から少しだけ変わった。
真砂先輩の兄はどこへ消えたのかって疑問だけが、次に狙うべき的みたいに、俺の中へ残った。
< 67 / 72 >

この作品をシェア

pagetop