アダムを噛んで、熱を吸う

斜光に透ける沈黙

「いきなりごめん、一目惚れしちゃった」

上ずった声が、湿った空気に溶けた。
私はいつものように困ったとき用の笑顔を取り出す。角度も、視線の落とし方も、筋肉が勝手に再現してくれる。

「ありがとう、でもごめんね」

柔らかく、けれど逃げ道を一切断つ声。
彼は深く頭を下げ、「いや、言いたかっただけだから」と自嘲気味に笑った。

放課後の廊下は、停滞していた。
5限目から降り始めた雨は、止む気配を見せない。傘を持たない生徒たちが、手持ち無沙汰に校舎に留まっている。 こんな日に決行するなんて。

「……やっぱ、速水と付き合ってるの?」
「え? 速水? 誰それ」
「そっか。まあ、接点なんて、あるわけないよな。……噂、あったからさ。」

私は無関心を装って肩をすくめる。 

「えー、わかんないよー、私入学してきたばっかだし」

この学校に入って一ヶ月。
維持すべき成績と、首の皮一枚でつながった奨学金の書類。それらと格闘する日々に、他人に興味をもつ余白なんてなかった。

私が把握しているのは誰が「内部生」で、誰が私と同じ「外部生」かだけ。

内部生は、廊下の歩き方からして違う。
迷いのない踵の音が、この校舎が自分たちの庭であることを証明していた。
私は、その眩い輪の外側から紛れ込んだ、色の違う異物だ。
< 1 / 13 >

この作品をシェア

pagetop