空は風に恋をした

4話 風が触れた温度

美空は空港デッキに出た。

初夏の風が、ふわりと頬をかすめる。

思わず空を見上げた。

高い空だった。

滑走路の向こうで、飛行機がゆっくりと動いている。

この景色が好きだった。

フライトの前、時間があるときは、こうしてここに来る。

空を見ていると、なんとなく気持ちが整うから。

その時だった。

「美空さん?」

聞き覚えのある声に振り向く。

颯太だった。

「颯太さん」

思わず名前を呼ぶ。

颯太は少しだけ笑った。

「今日はお休みですか?」

「いえ」

颯太は空を見上げる。

「これから出張なんです」

そう言って、滑走路の方を見る。

その横顔が、なんだか少し大人に見えた。

その時。

強い風が吹いた。

「あ……」

美空の髪が大きく揺れる。

慌ててまとめようとする。

けれど、うまくいかない。

風が強くて、髪が何度もほどけてしまう。

「貸してください」

颯太の声だった。

美空は少し驚いて振り向く。

颯太は手を差し出していた。

美空は戸惑いながらヘアゴムを渡す。

颯太は一歩近づき、美空の後ろに回る。

風に揺れていた髪を、そっとまとめた。

指先が髪に触れる。

思ったより近い距離に、美空の心臓が跳ねる。

颯太は静かに言った。

「風、強いですね」

髪を結び終える。

その時。

耳の横の髪が少しほどけていた。

颯太はそれに気づき、そっと指で拾う。

そして、美空の耳にかけた。

美空は、動けなかった。

胸の奥で、心臓の音だけが大きく響いている。

「はい」

颯太が少し笑う。

美空は振り向けないまま、小さく頷いた。

その時、また風が吹いた。

でも今度は、髪は乱れなかった。

「それじゃ」

颯太が軽く会釈する。

「行ってきます」

そう言って歩き出す。

美空は、その背中を見ていた。

やがて颯太の姿は、建物の中へ消えていく。

風だけが、デッキに残った。

美空はそっと髪に触れる。

さっき、結ってもらった場所。

胸が、まだ少しうるさい。



展望デッキに面したカフェ。

朝陽は窓際の席に座っていた。

コーヒーを片手に、外を眺めている。

ガラスの向こうには空港デッキが見えた。

あそこに、美空がいることがあるのを朝陽は知っていた。

フライト前、よく空を見に来ている。

今日もいるかもしれないと思って、なんとなく窓際の席を選んだ。

その時だった。

見慣れた後ろ姿が目に入る。

美空だった。

朝陽は視線を止める。

その隣には、背の高い男がいた。

飯島だった。

少しして、飯島が美空の後ろに回る。

何をしているのかと思った次の瞬間。

髪をまとめているのが見えた。

朝陽は何も言わない。

ただ、その様子を見ていた。

風が吹く。

美空の髪が揺れる。

飯島が、耳の横の髪をそっとかけた。

その時。

美空が少し固まったのが見えた。

朝陽の眉が、わずかに動く。

そして小さく息を吐いた。

「……ああ」

少し間を置く。

「そういう感じか」



スタッフエリアのロッカー室。

美空は制服に着替えていた。

鏡の前で、髪をまとめる。

いつものように結ぶ。

でも。

ふと、手が止まる。

さっきの風。

颯太の手。

耳に触れた指先。

胸の奥が、きゅっと締まる。

思い出しただけで、心臓が少し速くなる。

美空は小さく息を吐いた。

「……もう」

思わず小さく笑う。

鏡の中の自分の顔が、ほんのり赤い。

さっき結んでもらった場所に、そっと触れる。

そのままにしておきたい気持ちを振り払うように、

美空は髪を結び直した。

それでも。

胸の奥の、きゅっとした感じは消えなかった。
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