空は風に恋をした
3話 おかえりの空
空港は、いつもより少し賑やかだった。
大きなガラスの向こうに、空が広がっている。
今日はよく晴れていた。
滑走路の向こうで、飛行機がゆっくり動いている。
美空はスーツケースを引きながら歩いていた。
フライトを終えたばかりで、少しだけ足が重い。
それでも空港の空気は嫌いじゃない。
ここには、いろんな人の出会いと別れがある。
それに――
空が近い。
美空は少し立ち止まり、ガラス越しに空を見上げた。
子供の頃から、この景色が好きだった。
父は航空整備士だった。
飛行機が大好きな人だった。
整備士として働く父の話を聞くたびに、美空は空に憧れるようになった。
だからこの仕事を選んだ。
客室乗務員。
空の上で働く仕事。
今日も無事にフライトが終わった。
ほっとしたような、少し寂しいような。
そんな気分で歩き出そうとした時だった。
「ママー……」
小さな声が聞こえた。
振り向く。
四歳くらいの男の子が、不安そうに立っていた。
周りをきょろきょろ見ている。
迷子だろうか。
美空が声をかけようとした、その時だった。
男の子の前に、一人の男性がしゃがんだ。
背の高い人だった。
「どうした?」
優しい声だった。
男の子が顔を上げる。
「ママとはぐれた?」
男の子が小さく頷く。
男性は男の子の頭をぽんぽんと撫でた。
「よし。ママ探そうか」
男の子の表情が少し明るくなる。
男性は立ち上がった。
「ほら、肩車するか?」
「うん!」
男の子は嬉しそうに頷く。
男性は軽々と男の子を肩に乗せた。
「高いか?」
「たかーい!」
男の子が笑う。
その声に、美空は思わず笑った。
その時だった。
「りくとー!」
女性の声が響く。
男の子が振り向く。
「ママ!」
母親が慌てて駆け寄ってきた。
「すみません、本当に……」
母親が何度も頭を下げる。
男性は笑って首を振った。
「いえ。見つかってよかったです」
りくとは肩から降りると、男性に向かって手を振った。
男性も少し笑って、小さく手を振り返す。
そのまま立ち去ろうとする。
美空は思わず声をかけた。
「ありがとうございました」
男性が振り向く。
少し驚いた顔をして、それから笑った。
「いえ」
その時だった。
「美空?」
後ろから声がした。
振り向くと、制服姿のパイロットが立っていた。
朝陽だった。
「あ、朝陽」
朝陽は男性の方を見て、少し笑う。
「見てましたよ」
男性が首を傾げる。
「肩車。似合ってました」
男性は小さく笑った。
「迷子だったんで」
朝陽は美空を見る。
「知り合い?」
美空は少し迷って首を振る。
「ううん」
それから男性を見る。
「迷子の子を助けてくれてたの」
朝陽は軽く頷く。
「朝陽です」
男性も軽く会釈する。
「飯島颯太です」
美空も続ける。
「私は、美空です」
三人の間に、穏やかな空気が流れる。
朝陽は時計を見る。
「そろそろ行くわ」
それから美空に軽く手を振る。
「またな」
そう言って歩き去っていった。
美空と颯太は、自然に並んで歩き出す。
空港の通路は、人の流れがゆっくり動いていた。
「あっ……」
美空が小さく足を止めた。
颯太が首を傾げる。
「どうしました?」
美空は振り返る。
「スーツケース……」
さっき立ち止まっていた場所に、ぽつんと置いたままだった。
話しているうちに、そのまま歩いてきてしまったらしい。
「あ……すみません」
美空は少し早足で取りに戻る。
その瞬間だった。
「あっ……」
足がもつれそうになる。
腕を掴まれる。
ぐっと体が引き寄せられた。
「危ない」
低い声だった。
颯太の大きな腕に支えられて、美空はようやく体勢を戻す。
「す、すみません……!」
顔が一気に熱くなる。
颯太は少しだけ笑った。
「大丈夫ですか?」
美空は小さく頷く。
「はい……」
颯太はやわらかく言った。
「転ばなくてよかった」
その横顔を見た瞬間だった。
美空の記憶が、ふっと繋がる。
夕焼けの機内。
窓際の席。
一粒の涙。
思わず声が出た。
「あの……」
颯太が振り向く。
美空は少し戸惑いながら言う。
「失礼ですが……」
一瞬迷う。
でも、続けた。
「六年前、ロサンゼルス行きの便にご搭乗されていましたか?」
颯太の表情が少し変わる。
「……なぜそれを?」
美空は少し照れたように笑う。
「なんとなく、覚えていて」
少し沈黙が流れる。
それから美空が聞いた。
「お仕事でロサンゼルスへ?」
颯太は頷く。
「ええ。ロス赴任になって」
少し笑う。
「それから日本支社に転勤になって、今日戻ってきたんです」
美空はやわらかく笑った。
「そうなんですね」
そして言う。
「おかえりなさい」
颯太は少し照れたように笑った。
「……ただいま」
その時だった。
窓の向こうで、一機の飛行機が滑走路を走り出す。
やがて、ふわりと浮き上がった。
青い空へ向かって、まっすぐに飛んでいく。
大きなガラスの向こうに、空が広がっている。
今日はよく晴れていた。
滑走路の向こうで、飛行機がゆっくり動いている。
美空はスーツケースを引きながら歩いていた。
フライトを終えたばかりで、少しだけ足が重い。
それでも空港の空気は嫌いじゃない。
ここには、いろんな人の出会いと別れがある。
それに――
空が近い。
美空は少し立ち止まり、ガラス越しに空を見上げた。
子供の頃から、この景色が好きだった。
父は航空整備士だった。
飛行機が大好きな人だった。
整備士として働く父の話を聞くたびに、美空は空に憧れるようになった。
だからこの仕事を選んだ。
客室乗務員。
空の上で働く仕事。
今日も無事にフライトが終わった。
ほっとしたような、少し寂しいような。
そんな気分で歩き出そうとした時だった。
「ママー……」
小さな声が聞こえた。
振り向く。
四歳くらいの男の子が、不安そうに立っていた。
周りをきょろきょろ見ている。
迷子だろうか。
美空が声をかけようとした、その時だった。
男の子の前に、一人の男性がしゃがんだ。
背の高い人だった。
「どうした?」
優しい声だった。
男の子が顔を上げる。
「ママとはぐれた?」
男の子が小さく頷く。
男性は男の子の頭をぽんぽんと撫でた。
「よし。ママ探そうか」
男の子の表情が少し明るくなる。
男性は立ち上がった。
「ほら、肩車するか?」
「うん!」
男の子は嬉しそうに頷く。
男性は軽々と男の子を肩に乗せた。
「高いか?」
「たかーい!」
男の子が笑う。
その声に、美空は思わず笑った。
その時だった。
「りくとー!」
女性の声が響く。
男の子が振り向く。
「ママ!」
母親が慌てて駆け寄ってきた。
「すみません、本当に……」
母親が何度も頭を下げる。
男性は笑って首を振った。
「いえ。見つかってよかったです」
りくとは肩から降りると、男性に向かって手を振った。
男性も少し笑って、小さく手を振り返す。
そのまま立ち去ろうとする。
美空は思わず声をかけた。
「ありがとうございました」
男性が振り向く。
少し驚いた顔をして、それから笑った。
「いえ」
その時だった。
「美空?」
後ろから声がした。
振り向くと、制服姿のパイロットが立っていた。
朝陽だった。
「あ、朝陽」
朝陽は男性の方を見て、少し笑う。
「見てましたよ」
男性が首を傾げる。
「肩車。似合ってました」
男性は小さく笑った。
「迷子だったんで」
朝陽は美空を見る。
「知り合い?」
美空は少し迷って首を振る。
「ううん」
それから男性を見る。
「迷子の子を助けてくれてたの」
朝陽は軽く頷く。
「朝陽です」
男性も軽く会釈する。
「飯島颯太です」
美空も続ける。
「私は、美空です」
三人の間に、穏やかな空気が流れる。
朝陽は時計を見る。
「そろそろ行くわ」
それから美空に軽く手を振る。
「またな」
そう言って歩き去っていった。
美空と颯太は、自然に並んで歩き出す。
空港の通路は、人の流れがゆっくり動いていた。
「あっ……」
美空が小さく足を止めた。
颯太が首を傾げる。
「どうしました?」
美空は振り返る。
「スーツケース……」
さっき立ち止まっていた場所に、ぽつんと置いたままだった。
話しているうちに、そのまま歩いてきてしまったらしい。
「あ……すみません」
美空は少し早足で取りに戻る。
その瞬間だった。
「あっ……」
足がもつれそうになる。
腕を掴まれる。
ぐっと体が引き寄せられた。
「危ない」
低い声だった。
颯太の大きな腕に支えられて、美空はようやく体勢を戻す。
「す、すみません……!」
顔が一気に熱くなる。
颯太は少しだけ笑った。
「大丈夫ですか?」
美空は小さく頷く。
「はい……」
颯太はやわらかく言った。
「転ばなくてよかった」
その横顔を見た瞬間だった。
美空の記憶が、ふっと繋がる。
夕焼けの機内。
窓際の席。
一粒の涙。
思わず声が出た。
「あの……」
颯太が振り向く。
美空は少し戸惑いながら言う。
「失礼ですが……」
一瞬迷う。
でも、続けた。
「六年前、ロサンゼルス行きの便にご搭乗されていましたか?」
颯太の表情が少し変わる。
「……なぜそれを?」
美空は少し照れたように笑う。
「なんとなく、覚えていて」
少し沈黙が流れる。
それから美空が聞いた。
「お仕事でロサンゼルスへ?」
颯太は頷く。
「ええ。ロス赴任になって」
少し笑う。
「それから日本支社に転勤になって、今日戻ってきたんです」
美空はやわらかく笑った。
「そうなんですね」
そして言う。
「おかえりなさい」
颯太は少し照れたように笑った。
「……ただいま」
その時だった。
窓の向こうで、一機の飛行機が滑走路を走り出す。
やがて、ふわりと浮き上がった。
青い空へ向かって、まっすぐに飛んでいく。