手を、つないで 〜ふたりの時間〜

高井戸の観察日記



 『冷製鉄仮面』
 松永航についたあだ名である。
 名付け親は三上さん。鋭い。松永の特徴を端的に表現したいいあだ名だ。初めて聞いた時は拍手を送った。
 そして、最近。俺は、自分の中だけで密かに付け足した。
 『冷製鉄仮面 三ぶ作』不器用、ぶっきらぼう、無愛想、だ。
 ただ、これを広める気はない。なぜなら、松永の不器用とぶっきらぼうは、ある程度親しい人間にしか発揮されないからだ。

 ところが、『三ぶ作』を軽々と超えて、松永のデレを引っ張り出す人物が現れた。
 中森さん。凄い人だ。あの松永航をこんなに変えてしまうとは。



 『彼女いるんで』の打ち上げの後。
 社内で情報が出まくって、週明けの会社はかなり騒がしかった。しかし、松永が出していた氷点下のオーラにより、近寄ってくる猛者はいなかった。みーんな、とおーくから、見てヒソヒソしてた。
 松永はそれを感じていたらしく、ただしなんでだかはわかっていないようだった。そりゃそうだ。あいつには今、仕事と彼女しか見えてない。
 うっかり話しかけた俺はギロッと睨まれて、仕事以外の話は無視された。まあこんな八つ当たりも、親しければこそ、と思えて微笑ましい。そして、すんごくおもしろい。

 打ち合わせに出てたと思ったら急いで帰ってきて、仕事の進み具合を確認してる。スケジュールともにらめっこ。そしてスマホに向かう。多分彼女へのメッセージ。
 送信を押したのか、ふうと息をついた。そこで初めて俺が見ていたのに気付く。遅いな。
「……なんだよ」
 照れ隠しに精一杯とんがってる。
「なんでもありません、松永先輩」
 舌打ちしそうなくらいの苦々しい表情で、先輩は仕事に戻った。爆速。
 先輩は今日は定時で帰るらしいです。邪魔はしません怖いから。



 ある日から、松永はアームウォーマーを着け出した。わかるよ、手首冷えるんだよな、パソコンで作業してると。
「……それさ、何色っていうの?渋くていいなあ」
 横にいた佐伯に同意を求めると、佐伯も力強く頷く。
「真似したいくらいです」
 松永はアームウォーマーと同じくらい渋い顔になった。
「……ダークオレンジ、ってタグには書いてあった」
「ダークオレンジ。へー」
「いいですね、かっこいい」
「……真似はするなよ」
 地の底から響くみたいな声に、佐伯がビビりまくってた。どんだけだ。
 あ、そっか、ひょっとして。
 思い至って松永を見ると、どうやら図星らしい。黙ってろと言わんばかりに睨まれた。
 なるほど、中森さんからのプレゼント、と。それでずーっと着けてるわけだ。
 最近ずっと忙しいから会えてないんだろ。お守りだな。わかるわかる、俺にも覚えが……ないな。そんな風に思える相手が欲しいねえ。



 ダークオレンジも大分馴染んで風景の一部になった頃。
 松永がおかしい。いやこいつがおかしいのは最近ではお馴染みの光景になりつつあるけど、今日はちょっと本当におかしい。
 昨日、俺が外出してていなかったから、目に付くだけなのか?急に顔が赤くなって、目がうつろになったり、ぼーっとしたり。具合悪いんじゃないだろうな。
「松永、熱あるんじゃない?」
 午前中様子を見て、昼直前に言ってみた。
「なんか、急に顔真っ赤になったり、ぼーっとしたり、大丈夫か?」
 早めに帰らせた方がいいのかもしれない。大体コイツはいつも働き過ぎなんだ。
「……大丈夫」
 本人はそう言う。口調はいつもと同じ。まあ、もう少し様子見だな。
「大丈夫ならいいけど。無理すんなよ」
「おう」
「じゃあ飯どうする?」
「牛丼」
「おお行こう」
 牛丼が食べられるんならまあ大丈夫か。松永が体調悪い時は何も食べなくなるからな。じゃあやっぱり様子見だ。
 部屋を出ると、中森さんがいた。あちらの部屋に戻るところだったらしい。
「お疲れ様です」
 すれ違いで挨拶を交わす。俺もいつも通り、挨拶を。
「お疲れ様でー……す」
 しながら、真ん中にいた松永が目に入った。
 顔が真っ赤っ赤だった。トマト、いや、湯気出てるからゆでダコか。やかんって言ってもいいな。あの音が鳴るやつ、ピーって。
「……なんだよ」
「いや、熱はないんだなーって思って」
 なーんだ、心配して損した。
 そういえば、昨日まで中森さんは出張だったんだっけ。お土産置いてあったな。昨日俺が帰社したらお土産があって、松永は退社してた。ってことは、……なるほどなるほど。
「無理すんなよ」
「うるさい」
 わかりやすっ。笑いを堪えるのが大変だろうが。
 しかし本当、こいつ変わるな。いい方に。
 仕事中は『冷製鉄仮面』だけど、少しずつやわらかくなってきてる。気付いてるのはもう俺だけじゃない。社内外で少しずつ広まってる。
 もともと顔はいいし、それで雰囲気やわらかくなったらモテそうだなー。あ、でも『彼女いるんで』だった。まあそれでシャットアウトだな。

 会社では隠してるけど、どうするんだろ今後。
 さっきみたく顔真っ赤っ赤にしてたらすぐにバレそうだなあ。なんて思ってたら。

 月曜の朝、会社の廊下で、非常に神々しい2人を見た。
 三上さんと一緒だった。幸い他には誰もいなかった。
 エレベーターからどうでもいい会話をしながら職場に向かっていたら、いたのだ。
 顔を寄せて何かを話し、目を合わせて笑い合っている。眩し過ぎる。
 中森さんて、あんなに可愛かったか?松永の鉄仮面どこいった?『冷製』のくせに熱で溶けたか?鉄の融点何度だったっけ?
「まっほー可愛過ぎるだろ」
「うわ、初めて見た。あいつのあんな顔」
 三上さんと、ほぼ同時の呟き。
 目が合う。にかっと笑う。マークのように。
 三上さんは、確か中森さんから聞いて知ってるんだよな。良かった、あんなんどうやってもごまかせねーよ。幸せオーラ満載。ダダ漏れにも程がある。しかもなんか前より色が深くなってる感じ。ああ、誠実に時を重ねてるんだな。いいですなあ、うらやましい。

 部屋に入っていく中森さんを見守る松永。とけてるとけてる。やだ、あんな優しい目、俺には絶対向けないで。
 こっちを見た。ビクついてる。にこにこマーク、2つも並んでるのに。
「松永さん、おはようございまーす」
 三上さんが中森さんを追うように明るく去っていった。
「おはようございます……」
 松永の蚊の鳴くような声は届いていないに違いない。
「松永さん、おはようございまーす」
 俺も真似して明るくにこにこして言ったのに。
「……」
 一瞥もくれずにスタスタと行ってしまう。
 仕方ない。にこにこ追いかけよう。
「松永さーん無視しないでー」
「うるさい、気持ち悪い、笑うな」
 おっ、言葉数が増えてる。前なら『うるさい』だけだったのに、2語も増えた。中森さんは偉大だなあ。

 やっぱり、こんなん隠しとくの無理だろ。多分本人が1番わかってるだろうから、近日公開!かな。
 楽しみにしてるぞ、松永!



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