手を、つないで 〜ふたりの時間〜


「え、これ、あのパン屋さんで売ってるんですか?」
「はい。俺も最初見た時はびっくりしました」
 なんと、フライドチキンはあのバゲットを売っているパン屋さんで買ってきたんだそうだ。サンドイッチも同じ店のもの。
「フライドチキンサンドもありました」
「おいしそうですね」
「明日の昼にでも行ってみましょうか」
 そう言われて、ドキッとしてしまう。昼、まで、ここにいるってこと。それはそう。だってお泊まりするんだから、今日は。
「そうですね。いいですね」
 一瞬だけ空いた間を、ごまかすように笑って言う。気付いているのかいないのか、彼も笑った。
「このワインもおいしいです」
 今日のは、キリッとした辛口の白ワイン。
「これは、来る途中にあった店のです。隣にバーがある酒屋の」
 そのお店は覚えている。
「そこのマスターのおすすめです」
「へえ……」
「そっちも、行ってみますか?」
「へっ?」
 間抜けな声が出てしまった。
「バーの方です」
 きっと顔も間抜けだったと思う。彼が、くくくと笑ってる。
「……今度、行きましょう」
 笑いながら彼が言った。むーとなりながら頷く。
「すいません……可愛くて」
 そうして頭をなでる。恥ずかしいし、子ども扱いされているみたいでちょっと悔しい。
「松永さん、もう酔ったんですか?」
 抗議の声をあげても、彼は頭を撫で続ける。
「そうかもしれません」
 彼の目がトロンとなってきた。酔ったのか、眠いのか。酔うほど飲んでないから、多分後者。
 週末を空けるために、平日頑張っているからだ。先週も同じ感じだったし、疲れがたまってるんだと思う。
 普段は使ってないという床暖房のせいもあるかもしれない。下からあったかいのは気持ちいいから。私も眠くなってしまう。

 お手洗いを借りて戻ったら、案の定彼がうとうとしていた。先週は起こさなかったけど、今日はどうしよう。
 とりあえず横に座る。前もそうだったけど、大きな体が斜めになって、そのうち床に倒れてしまいそうなのだ。肩を貸すように位置を取る。手を伸ばして、ベッドに置いてあった小さい毛布を彼にかけた。これは「寒かったら使ってください」と彼が持ってきた、普段パソコンを使う時のひざ掛け用毛布なのだそうだ。
 と、私が動いていたからか、彼がずるずるっと倒れ込んできた。私の前に。この体勢は……。
 膝枕になってしまった。
 私的には、肩を貸すよりも体は楽なのだけど。だからいいのだけど。
 彼は気持ち良さそうに寝息を立てている。
 寝顔を覗き込んでみる。いつも私には優しく笑っている顔。仕事中は真剣で、時には怖いくらいの顔。今は、無防備で、でもかっこいい。
 髪を触ってみる。見た目通り、やわらかくてさらさら。
 頭をなでてみた。愛おしさが湧いてくる。こんな風に、思ってもらえてるのかな。そうだといいな。
「……ん……」
 彼が寝返りを打ってこっちを向いた。ハッとして手を離す。起こしちゃった?
 また寝息が聞こえてきた。規則的で、気持ち良さそう。良かった、起こしてしまわなくて。
 彼の背中が出ちゃったので、毛布をかけ直す。
 ふと、彼の手が目に入った。
 そうっと、触れる。眠っているから、いつもよりもあったかい。
 手をつなぐように握ってみる。いつもと角度が違うけど、安心感は同じ。
 こうやって、何かが変わっても、ずっとこの手をつないでいられたらいいな、と思った。
 と、彼が手をきゅっと握った。起きたのかと思ったけど違うみたい。寝息は続いてる。
「……まほ……」
 凄く小さな声だった。他にもなんかもにょもにょ言ってたけど、それだけ聞き取れた。だから、もしかしたら違うのかもしれない。でも、そう聞こえた。
 私も、手をきゅっと握る。彼を起こさない程度に、でもしっかり。
 いつか、寝言じゃなくて、そう呼んでくれる日が、来るといいな。
 私も、未だに名字を呼ぶだけでドキドキしてるけど、名前を呼べる日が来るといいな。
「……わ……」
 練習してみようと思ったけど無理。いくら彼は寝ているとはいえ、恥ずかし過ぎる。
 代わりに、もう一度手をしっかり握る。
 彼の寝息は変わらず、穏やかだ。
 私も、彼につられて眠くなってきてしまった。
 少しだけ、と思って、背にしているベッドに体を預ける。手は、つないだままで。
 静かで、あったかくて。
 こんな風に過ごす日が続くといいな。
 そう思って、眠りに落ちた。




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