ポンコツ執事なのに、お嬢様に溺愛される
 一瞬の沈黙。部屋の空気が、まるで真空になったかのように完全に凍りついた。
 アキラの顔から全て表情が綺麗に消え失せる。

「……面白い冗談だ」

 アキラは低く、地を這うような声で呟き、ゆっくりと立ち上がった。
 その一挙手一投足から溢れ出るのは、先ほどまでの余裕の笑みではない。剥き出しになった、どす黒い純粋な殺意だ。

「ゲーム、か。なるほど、君達の世代は現実の命の遣り取りもその程度の認識なのか。……だが、一つ大きなバグがあるよ、ナギサ」

 アキラがポケットから手を抜いた、その瞬間。室内の僅かな明かりを反射して、銀色の閃光が走った。
 美しく研ぎ澄まされた、細身のタクティカルナイフ。
 アキラはそれを流れるような動作で逆手に構えると、ナギサの喉元へと、一切の躊躇なく切っ先を突き出した。

現実(リアル)には、コンティニューなんて存在しないということだ」

 ヒュン、と空気を切り裂く鋭い風切り音が鳴る。
 ナギサは直感した。
 この男は強い。ただの権力者ではない。自分の手を汚し、邪魔者をその手で直接「処理」してきた本物の人殺しの動きだ。

(クソっ……部屋に連れ込んだのは、これが目的か……っ!)

 ナギサは椅子の背もたれを蹴るようにして、間一髪で上体を後ろへ反らした。
 直後、ナギサの喉元があった空間を鋭利な刃が掠めていく。あと一瞬でも反応が遅れていれば、間違いなく気管を断たれていた。

「お前が最後のパーツだと言ったが、訂正しよう」

 アキラは冷徹な眼光を崩さないまま、外したナイフの軌道を瞬時に反転させ、今度はナギサの胸元を狙って容赦のない追撃を繰り出してくる。

手土産(お前)は、死体であっても機能する。白鷺の遺伝子情報と実験データさえ天城に渡せば、お前が生きている必要など、初めからない」

 アキラの冷静な仮面の下から、狂気的な焦燥が完全に溢れ出ていた。
 浬のハッキングによって、天城との契約のタイムリミットが切れかけている。だからこそアキラは、今ここでナギサという不確定要素を完全に「消去」し、強引に盤面を固定しようとしているのだ。
 迫り来る死の刃を前に、ナギサの脳内は極限まで加速していく。
 相手は完全にガードを捨てて、殺しにきている。防戦一方ではいずれ切り刻まれてしまう。
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