ポンコツ執事なのに、お嬢様に溺愛される
 次々と繰り出される容赦のない連撃。ナギサは辛うじてそれを躱し、時に椅子の背やテーブルの角を盾にして、致命傷だけは回避し続けていた。
 だが、ここはアキラの私室。完全に相手のステージだ。
 背後に逃げ場はない。じりじりと部屋の隅へと追い詰められていく。

「これで終わりだ」

 アキラのナイフが、ナギサの逃げ道を完璧に塞ぐ完璧な軌道で振り下ろされる。
 避ければ、次は確実に死ぬ。

(防戦一方はここまでにしないと。ガードの上から削り殺されるくらいなら……ここが、最速の『確定反撃』のタイミング)

 ナギサは、避けることをやめた。
 あえて自ら一歩踏み込み、迫り来るナイフの刃に向けて、包帯の巻かれた『右手』を容赦なく突き出した。

「何――っ!?」

 肉を裂く嫌な音が響く。アキラのナイフがナギサの右手の平を深く貫いた。
 激痛が脳を焼く。しかし、ナギサは一切顔を顰めない。それどころか、刃を骨と筋肉でガチリと噛み込ませるようにして、力任せにナイフの動きをその場に完全に固定した。
 己の肉体を盾にした、究極の肉斬骨断。アキラの武器は、ナギサの右手と引き換えに奪い取った。

「お前、狂ったか……!」

 予想外の暴れ方に、アキラの目が初めて驚愕に見開かれる。
 ナイフを引き抜こうとするアキラだが、その一瞬の引き合いで、アキラの体勢が僅かに前へと崩れた。
 完全にガードが解け、最大の隙が露出した瞬間。

「言ったはずですよ、アキラ様。あんたは今、めちゃくちゃ焦って『早口』になってるって」

 ナギサは、まだ自由な左手をぐっと引き絞り、アキラの無防備な顔面に向けて、全霊の拳を叩き込んだ。

 ――ゴッ!!

 鈍い衝撃音が室内に響き渡る。
 端正なアキラの顔が激しく歪み、その巨体が横のデスクへと猛然と吹き飛んだ。
 書類やガラスの置物が派手な音を立てて床に散らばる。

「が、はっ……!?」

 アキラは床に這いつくばり、口元から血を流す。完璧だった彼の髪は乱れ、その瞳には初めて、思い通りにならない現実(バグ)への激しい困惑と怒りが宿っていた。
 ナギサは、右手に刺さったままのナイフを躊躇なく一気に引き抜いた。
 ドッと溢れ出る鮮血。それをあえて無視し、ナイフを床に放り捨てて、アキラを冷徹に見下ろす。

「リアルにはコンティニューがない。それは、あんたも同じだ」

 血の滴る右手を見つめながら、ナギサはフッと不敵に笑ってみせた。

「天城を潰して、あんたをハメて、ナオ君達を救い出す。……この無理ゲー、一発でノーコンティニュークリアしてやりますよ」
「貴様……っ!!」

 床に血を吐き出しながら、アキラが獣のような咆哮を上げて立ち上がろうとする。
 その端正な顔は怒りと屈辱で真っ赤に染まり、エリートとしてのプライドは完全に瓦解していた。
 だが、ナギサは追撃を急がない。すでにナギサの中では、このラウンドの勝敗は決している。
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