ポンコツ執事なのに、お嬢様に溺愛される
 アキラという後ろ盾を失い、かつて自分が顎で使っていたはずの『最高戦力(ナオ・カリン)』が、完全にナギサ達の側へ寝返っている。その事実を突きつけられた朔春は、がたがたと歯を鳴らした。

「天城朔春」

 ナギサが静かに一歩前へ出た。包帯の巻かれた右手を誇らしげに手袋で隠し、格ゲーで言えば完全に『勝利確定のコンボ』を叩き込む直前の、冷徹なプレイヤーの目で男を見据える。

「あんたの持ち時間はもうゼロだ。白鷺家(旦那様)も、これ以上不祥事まみれの天城と婚姻を進めるメリットはないと判断された。……この政略結婚、ここで完全に『詰み(チェックメイト)』ですよ」
「ふ、ふざけるな……!  俺が、こんな、こんな大学生上がりの一般人に……!!」

 朔春が顔を真っ赤にして叫ぶ。だが、その時。
 ホールの奥から、コツン、コツンと、非の打ち所がないほど完璧な足音が響いてきた。
 一同の視線がそちらへ向かう。
 現れたのは、総括執事――イツキだった。
 彼はいつも通りの完璧な一礼をミアに捧げると、冷徹な視線を朔春へと向けた。

「天城様。ケイゾウ様からの伝言を預かってまいりました。――『天城家との全ての婚約解消、および今後の取引の全面停止』。これが白鷺家の公式な総意でございます。速やかに、当家よりお引き取りください」

 イツキのその一言が、天城朔春という男の息の根を完全に止めた。
 崩れ落ちるように床に膝をつく朔春。ルナが「警備員を呼びます」と淡々と告げ、男は引き摺られるように屋敷から排除されていった。
 完全な勝利。
 ミアを縛っていた最悪の政略結婚は、今ここに、跡形もなく崩壊した。

「やった……やったわ、ナギサ……!」

 ミアが嬉しそうにナギサの腕に飛び付いてくる。ナオもカリンも、そしてルナも、一様に安堵の表情を浮かべていた。
 だが、ナギサだけは、天城が去っていった扉の向こうではなく、自分のすぐ横を通り過ぎようとしたイツキの『横顔』を見ていた。
 イツキは、アキラが失脚し、天城が破滅したこの大金星の瞬間でさえ、眉一つ動かしていなかった。
 それどころか、彼の瞳は、まるで「全て予定通りの盤面が片付いた」とでも言うかのように、深く、暗い光を湛えていたのだ。

(……イツキさん。あんた、本当に何を見てるんだ?)

 表ボスを倒し、ハッピーエンディングを迎えたはずのステージ。
 しかしナギサの直感は、この後に控える『真の裏ボス』の存在を、かつてない不気味さで察知し始めていた。
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