ポンコツ執事なのに、お嬢様に溺愛される
それなりに困難はありつつ、当初の計画通り朔春都の政略結婚を断固拒否できた現在、白鷺家は束の間の平穏な日々を過ごしていた。
ナギサは、ミアの空いたティーカップに紅茶を注ぐ。今では執事らしく振る舞うことにも慣れた。
「お嬢様、最近ずっと機嫌がいいですよね」
まさか、自分の兄がかつて穏やかに営まれていた孤児院を陥れた張本人であり、その正体は極悪非道の人間であったなど誰が思ったことだろう。
初めてアキラを見た時から、彼のミアに対する態度には違和感があった。
二人の間には決定的に相容れない壁がある。それが何であるのか、今のナギサには知る由もない。
一先ず、ケイゾウに朔春との政略結婚を破棄することを認められたのだ。今はこれからの白鷺家について、そしてナギサはこれからの生活について考えようとしていた。
「ようやく好きでもない男から解放されたんだもの、嬉しくないわけないでしょ」
「その分、色々と失った気もしますけどね」
白鷺アキラが過去に犯した罪。
天城家との関係性の崩壊。
この白鷺家がこれからも世界トップの財閥で有り続けるために必要な手札が、幾つも失われてしまった。
そんな状況でありながら、ミアの調子は以前と何ら変わりない。
むしろ、前より余程表情豊かになったようにも見える。よく笑うようになったし、何よりナギサへの接し方が変わった。
「ねぇ、私の執事なら主のお願い聞いてくれるわよね」
「またそれですか……次はトラック一台分の苺を買って来いと?」
「私とデートして」
花瓶に花を活ける手が止まる。ハラハラと美しい花々が手の中から滑り落ちた。
「……はい?」
振り返ったナギサが発したのは、上擦った素っ頓狂な声。
何を言われたのか瞬時に理解ができなくて、窓辺に座るミアを見てもそれは変わらない。
明らかに動揺しているのが彼女にも伝わったのか、ティーカップを置いたミアは不敵な笑みを浮かべてナギサを見た。
「次は、偽装恋人とじゃなくて、本気で好きな人とがいいの」
ミアはあの一件以来、ナギサに対する態度が変わった。
事あるごとにナギサに対して「好き」だという主張をしてくる。距離感も、話し方も、表情も、全てが柔らかく甘い。
「……やっぱり、お嬢様は何か勘違いしてますよ。僕達は主と執事であって、そこにあるのは主従関係。ここが孤児院だった時に貴方に話し掛けた男の子っていうのは、他の誰かだったんじゃ───」
「過去に話しかけてくれたから好きだと、貴方は言いたいの?」
「違うんですか?」
迷い無く答えると、ミアは深く溜息を吐いて呆れた様子で頭を抱えた。
「ほんっとに女心が分かってないのねぇっ!」
かつてのツンツンお嬢様の面影が現れた。
ナギサが自分の執事となることに「有り得ない」と言っていたあの時のお嬢様だ。
「いい? 確かに過去のあの子は、私にとって暗闇の中で最初に見つけた光だったわ。でもね、それだけで今のあんたを好きになったわけじゃない!」
ミアは椅子から勢いよく立ち上がると、ナギサの目の前まで歩み寄り、その胸元を指先でツンと小突いた。
ナギサは、ミアの空いたティーカップに紅茶を注ぐ。今では執事らしく振る舞うことにも慣れた。
「お嬢様、最近ずっと機嫌がいいですよね」
まさか、自分の兄がかつて穏やかに営まれていた孤児院を陥れた張本人であり、その正体は極悪非道の人間であったなど誰が思ったことだろう。
初めてアキラを見た時から、彼のミアに対する態度には違和感があった。
二人の間には決定的に相容れない壁がある。それが何であるのか、今のナギサには知る由もない。
一先ず、ケイゾウに朔春との政略結婚を破棄することを認められたのだ。今はこれからの白鷺家について、そしてナギサはこれからの生活について考えようとしていた。
「ようやく好きでもない男から解放されたんだもの、嬉しくないわけないでしょ」
「その分、色々と失った気もしますけどね」
白鷺アキラが過去に犯した罪。
天城家との関係性の崩壊。
この白鷺家がこれからも世界トップの財閥で有り続けるために必要な手札が、幾つも失われてしまった。
そんな状況でありながら、ミアの調子は以前と何ら変わりない。
むしろ、前より余程表情豊かになったようにも見える。よく笑うようになったし、何よりナギサへの接し方が変わった。
「ねぇ、私の執事なら主のお願い聞いてくれるわよね」
「またそれですか……次はトラック一台分の苺を買って来いと?」
「私とデートして」
花瓶に花を活ける手が止まる。ハラハラと美しい花々が手の中から滑り落ちた。
「……はい?」
振り返ったナギサが発したのは、上擦った素っ頓狂な声。
何を言われたのか瞬時に理解ができなくて、窓辺に座るミアを見てもそれは変わらない。
明らかに動揺しているのが彼女にも伝わったのか、ティーカップを置いたミアは不敵な笑みを浮かべてナギサを見た。
「次は、偽装恋人とじゃなくて、本気で好きな人とがいいの」
ミアはあの一件以来、ナギサに対する態度が変わった。
事あるごとにナギサに対して「好き」だという主張をしてくる。距離感も、話し方も、表情も、全てが柔らかく甘い。
「……やっぱり、お嬢様は何か勘違いしてますよ。僕達は主と執事であって、そこにあるのは主従関係。ここが孤児院だった時に貴方に話し掛けた男の子っていうのは、他の誰かだったんじゃ───」
「過去に話しかけてくれたから好きだと、貴方は言いたいの?」
「違うんですか?」
迷い無く答えると、ミアは深く溜息を吐いて呆れた様子で頭を抱えた。
「ほんっとに女心が分かってないのねぇっ!」
かつてのツンツンお嬢様の面影が現れた。
ナギサが自分の執事となることに「有り得ない」と言っていたあの時のお嬢様だ。
「いい? 確かに過去のあの子は、私にとって暗闇の中で最初に見つけた光だったわ。でもね、それだけで今のあんたを好きになったわけじゃない!」
ミアは椅子から勢いよく立ち上がると、ナギサの目の前まで歩み寄り、その胸元を指先でツンと小突いた。