ポンコツ執事なのに、お嬢様に溺愛される
 いつもの甘い雰囲気から一転して、頬をほんのり赤く染めながら怒っている彼女の姿は、出会った当初の「ツンツンお嬢様」そのものだ。

「私が好きなのは、天城の嫌がらせから私を全力で庇ってくれたナギサ。兄様のあの悍ましい本性を知って絶望しそうになった時、『絶対に認めない』って言ってくれたナギサ。自分の右手を犠牲にしてまで、ナオやカリンを、そして私を地獄から引き摺り下ろしてくれた、今のナギサ。私の傍にいるって言ってくれたあんたなの!」

 一気に捲し立てたミアは、ふぅ、と荒い息を吐く。
 あまりの熱量に圧倒され、ナギサは言葉を失ったまま数歩じりっと後退りした。

(まただよ……そういう泣きそうな顔されると、断れないって)

 格ゲーオタクとしての防衛本能が脳内で緊急アラートを鳴らすが、目の前のリアルな「女心」という名の高難易度ギミックには、どんな確定反撃(確反)も思い浮かばない。手元から滑り落ちた花々が、なんだかやけに眩しく見えた。

「過去が誰だろうと関係ないわ。私は、今私の前にいるナギサとデートがしたいの。……これでも、まだ私が勘違いしてるって言うつもり?」

 上目遣いでじっと見つめてくるミアの瞳は、真剣そのものだった。
 主従関係という見えない壁を、彼女は自らの意志で、いとも簡単に踏み越えてこようとしている。

「……お嬢様」

 ナギサは困ったように頬を掻き、ようやく少し落ち着いた声音を取り戻した。

「そこまで言われて『勘違いです』なんて返したら、僕、執事として致命的ですね」
「分かればよろしい。じゃあ、次の私の休日は空けておきなさい。デートのプランはお前に一任するわ」
「えぇっ!?  僕が考えるんですか?  トラック一台分の苺を探す方がまだ楽なんですけど……」
「贅沢言わないの。私の初めての『本気のデート』なんだから、最高のものにしなさいよね」

 ミアは満足そうにフンと鼻を鳴らすと、再び窓辺の席へと戻り、冷めかけた紅茶を口に運んだ。その横顔は、何処か少女のような純粋な喜びで満ちている。
 ナギサは散らばった花を拾い集めながら、小さくため息を吐いた。
 政略結婚という最悪のクソゲーをクリアしたと思ったら、次に待っていたのは「お嬢様とのリアル恋愛シミュレーション」という、別の意味で難易度MAXのステージだったらしい。

(デートプランか……。格ゲーのフレーム計算よりよっぽど難しいな。佐倉君に相談したら絶対に面白がられるし、ナオ君達に聞くわけにもいかないし……)

 束の間の平穏の中で舞い込んだ、甘く、けれどナギサにとっては最大の難題。
 しかし、その難題に頭を悩ませる自分の口元が、心なしか少し緩んでいることに、ナギサ自身はまだ気づいていなかった。
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