国を追われましたが、文官令嬢としてセカンドライフを送ります!
護衛兵たちが呆れた眼差しで看板を仰ぎ見ている頃、招かれた貴族たちは二階のフロアに足を進めていく。階段を登り終えると、そこは壁一面がガラス張りになっている開放的な空間だった。王都の街並みを一望できるようにと、シャロンがこだわって設計させたのだ。
「さあ、どうぞお座りくださいませ。素晴らしい見晴らしでしょう?」
「あ、はい」
自信たっぷりに微笑むシャロンだが、貴族たちの反応は冷ややかなものだ。二階程度の高さでは、視界を埋めるのは民家の屋根や薄暗い路地裏ばかり。絶景と呼ぶには、あまりに生活感の漂う日常風景だった。
(なんだか、期待していたよりもしょぼいな……)
内心で毒づきながら、一同は重厚な大理石のテーブルへと腰を下ろした。
「今、メニューをお持ちしますわね」
シャロンが軽やかに手を叩くと、ピンクのエプロンを纏ったウェイトレスたちが各テーブルへ冊子を配っていく。
飲食店において最も重要なのは外装でも景色でもなく、提供される料理だ。果たして、これまでの失望を覆せるのだろうか。貴族たちは疑念を抱きながら、手元の薄い冊子をゆっくりと開いた。
ラインナップはコーヒーや紅茶に、サンドイッチといった良く言えばシンプル、悪く言えば何の捻りもないありきたりなものばかりである。しかし、品名に続く数字を目にした瞬間、彼らの顔に驚きが走った。
(たっか!)
どれもこれも、かなりの額だ。たかだか一杯のコーヒーに、庶民の給料三ヶ月分。どう見てもぼったくりとしか思えないその金額に、貴族たちは思わず目を擦った。
「一番のオススメは、私が監修した特製ハンバーグですわ。是非皆さんにも召し上がっていただきたいの」
シャロンが指差したのは、この店で最も高価なメニューだった。ちょっとした宝石が買えてしまうほどの値段に、夫人たちの顔が強張る。
けれど、王妃直々の推奨とあっては断れるはずもない。皆引きつった笑みを浮かべながら、そのハンバーグランチを注文することにした。
シャロンの機嫌を損ねてはならないと、当たり障りのない会話で場を繋ぐこと一時間半。貴族たちの精神的な疲労が頂点に達した頃、ようやく各テーブルに料理が運ばれてきた。
黒い鉄板の上で、じゅうじゅうと食欲をそそる音を立てる楕円形のハンバーグ。厚切りのフライドポテトと艶やかな人参のグラッセが彩りを添え、仕上げに濃厚なグレイビーソースがたっぷりと注がれている。
「わあ、ハンバーグだ!」
退屈そうにしていた子供たちが、一転して嬉しそうに目を輝かせる。期待に胸を膨らませながら、ハンバーグを大きめに切り分け、ぱくんと勢いよく口に運んだ。
「…………」
「ど、どうした?」
突如として魂が抜けたような、虚無の表情を浮かべる我が子に、ひとりの貴族が困惑まじりに問いかける。
「……美味しいです」
感情のこもっていない棒読みだった。
美味しいと言いながら、子供が二口目に選んだのはフライドポテトだった。不審に思った親たちも、恐る恐るハンバーグを口に含んだ瞬間、一様に眉間に深い皺を寄せる。
舌の上にまず広がったのは、肉の旨味が溶け込んだグレイビーソースの芳醇な味わいだった。けれど、安堵したのも束の間。肉本来の凄まじい臭みが突如として殴りかかってきたのだ。
「ふふっ、王城御用達の最高級牛肉を使っておりますの。美味しくて当然ですわ」
そう言ってシャロンは、自慢げに目を細める。
自ら口にしていない彼女は気づいていないようだが、出された肉の鮮度は、明らかに落ちている。恐らく王城の厨房で放置されていた余り物を再利用したのだろう。
大人たちが無言でハンバーグと格闘する中、早々とリタイアした子供たちは、退屈に耐えかねて店内を走り回り始めた。その騒がしさに、シャロンは煩わしそうに目尻を吊り上げる。
「もう、うるさいですわね。食事がまずくなるから、黙らせなさいな」
「も、申し訳ございません。こら、やめなさい……」
親たちが疲れ切った顔で子供たちを制止しようとした、その時だった。
バキッ。
木がへし折れるような不吉な音が響いた直後、ひとりの子供の足元の床が、がくんと沈み込んだ。床板が外れてしまったらしく、子供は「わっ」と短い悲鳴を上げてその場に座り込んでしまう。
「お、おい、何か変な音がしないか?」
少し離れた床の下からも、ミシミシと軋む音が聞こえてくる。その不気味な音が大きくなるにつれ、床に鋭い亀裂が次々と走り始めた。
「怖いですわー!」
客たちを置き去りにして、シャロンが真っ先に二階から逃げ出した。
「お前たちも早く逃げるんだっ!」
気まずいパーティーが一瞬にして、命の危機に瀕する修羅場に早変わりしてしまった。
怒号と悲鳴が入り混じる中、男たちが必死の形相で妻子を先に避難させる。けれど自分たちも後を追って階段を駆け下りようとした瞬間、一際大きな音が店内に響き渡った。
「うわっ、あああ……っ!」
逃げ遅れた数人を道連れに、床板が無残にも崩れ落ちていく。
大勢の野次馬が遠巻きに見守る中、ピンク色の店舗は不気味な音を立てて大きく傾き、看板が地面へと落下して真っ二つとなった。
「あなたーっ!」
「よせ! あんたも巻き込まれちまう!」
取り残された夫の下へ駆け寄ろうとする妻を、周囲が必死に抑え込む。そんな凄惨な光景を背に、責任者であるはずのシャロンは、客の安否など目もくれず、さっさと王城へ逃げ帰ってしまった。
「さあ、どうぞお座りくださいませ。素晴らしい見晴らしでしょう?」
「あ、はい」
自信たっぷりに微笑むシャロンだが、貴族たちの反応は冷ややかなものだ。二階程度の高さでは、視界を埋めるのは民家の屋根や薄暗い路地裏ばかり。絶景と呼ぶには、あまりに生活感の漂う日常風景だった。
(なんだか、期待していたよりもしょぼいな……)
内心で毒づきながら、一同は重厚な大理石のテーブルへと腰を下ろした。
「今、メニューをお持ちしますわね」
シャロンが軽やかに手を叩くと、ピンクのエプロンを纏ったウェイトレスたちが各テーブルへ冊子を配っていく。
飲食店において最も重要なのは外装でも景色でもなく、提供される料理だ。果たして、これまでの失望を覆せるのだろうか。貴族たちは疑念を抱きながら、手元の薄い冊子をゆっくりと開いた。
ラインナップはコーヒーや紅茶に、サンドイッチといった良く言えばシンプル、悪く言えば何の捻りもないありきたりなものばかりである。しかし、品名に続く数字を目にした瞬間、彼らの顔に驚きが走った。
(たっか!)
どれもこれも、かなりの額だ。たかだか一杯のコーヒーに、庶民の給料三ヶ月分。どう見てもぼったくりとしか思えないその金額に、貴族たちは思わず目を擦った。
「一番のオススメは、私が監修した特製ハンバーグですわ。是非皆さんにも召し上がっていただきたいの」
シャロンが指差したのは、この店で最も高価なメニューだった。ちょっとした宝石が買えてしまうほどの値段に、夫人たちの顔が強張る。
けれど、王妃直々の推奨とあっては断れるはずもない。皆引きつった笑みを浮かべながら、そのハンバーグランチを注文することにした。
シャロンの機嫌を損ねてはならないと、当たり障りのない会話で場を繋ぐこと一時間半。貴族たちの精神的な疲労が頂点に達した頃、ようやく各テーブルに料理が運ばれてきた。
黒い鉄板の上で、じゅうじゅうと食欲をそそる音を立てる楕円形のハンバーグ。厚切りのフライドポテトと艶やかな人参のグラッセが彩りを添え、仕上げに濃厚なグレイビーソースがたっぷりと注がれている。
「わあ、ハンバーグだ!」
退屈そうにしていた子供たちが、一転して嬉しそうに目を輝かせる。期待に胸を膨らませながら、ハンバーグを大きめに切り分け、ぱくんと勢いよく口に運んだ。
「…………」
「ど、どうした?」
突如として魂が抜けたような、虚無の表情を浮かべる我が子に、ひとりの貴族が困惑まじりに問いかける。
「……美味しいです」
感情のこもっていない棒読みだった。
美味しいと言いながら、子供が二口目に選んだのはフライドポテトだった。不審に思った親たちも、恐る恐るハンバーグを口に含んだ瞬間、一様に眉間に深い皺を寄せる。
舌の上にまず広がったのは、肉の旨味が溶け込んだグレイビーソースの芳醇な味わいだった。けれど、安堵したのも束の間。肉本来の凄まじい臭みが突如として殴りかかってきたのだ。
「ふふっ、王城御用達の最高級牛肉を使っておりますの。美味しくて当然ですわ」
そう言ってシャロンは、自慢げに目を細める。
自ら口にしていない彼女は気づいていないようだが、出された肉の鮮度は、明らかに落ちている。恐らく王城の厨房で放置されていた余り物を再利用したのだろう。
大人たちが無言でハンバーグと格闘する中、早々とリタイアした子供たちは、退屈に耐えかねて店内を走り回り始めた。その騒がしさに、シャロンは煩わしそうに目尻を吊り上げる。
「もう、うるさいですわね。食事がまずくなるから、黙らせなさいな」
「も、申し訳ございません。こら、やめなさい……」
親たちが疲れ切った顔で子供たちを制止しようとした、その時だった。
バキッ。
木がへし折れるような不吉な音が響いた直後、ひとりの子供の足元の床が、がくんと沈み込んだ。床板が外れてしまったらしく、子供は「わっ」と短い悲鳴を上げてその場に座り込んでしまう。
「お、おい、何か変な音がしないか?」
少し離れた床の下からも、ミシミシと軋む音が聞こえてくる。その不気味な音が大きくなるにつれ、床に鋭い亀裂が次々と走り始めた。
「怖いですわー!」
客たちを置き去りにして、シャロンが真っ先に二階から逃げ出した。
「お前たちも早く逃げるんだっ!」
気まずいパーティーが一瞬にして、命の危機に瀕する修羅場に早変わりしてしまった。
怒号と悲鳴が入り混じる中、男たちが必死の形相で妻子を先に避難させる。けれど自分たちも後を追って階段を駆け下りようとした瞬間、一際大きな音が店内に響き渡った。
「うわっ、あああ……っ!」
逃げ遅れた数人を道連れに、床板が無残にも崩れ落ちていく。
大勢の野次馬が遠巻きに見守る中、ピンク色の店舗は不気味な音を立てて大きく傾き、看板が地面へと落下して真っ二つとなった。
「あなたーっ!」
「よせ! あんたも巻き込まれちまう!」
取り残された夫の下へ駆け寄ろうとする妻を、周囲が必死に抑え込む。そんな凄惨な光景を背に、責任者であるはずのシャロンは、客の安否など目もくれず、さっさと王城へ逃げ帰ってしまった。