国を追われましたが、文官令嬢としてセカンドライフを送ります!
レオナールが間の抜けた声を漏らすと、夫人は不安げに眉を寄せ、震える声で口を開いた。
「ルミナリアでの茶会を報じる記事を隅々まで読みましたが、シャロンの名だけがどこにも見当たらないのです。国賓として招かれたはずなのに、そんなこと普通では考えられませんわ」
「あ、当たり前だろう。……だが、そこまで疑うのなら、念のためにシャロンに直接確認してみようじゃないか」
必死に余裕を取り繕うレオナールだったが、どれほど記憶を掘り返しても、シャロンを茶会へ送り出した覚えなどない。背中に冷たい汗が伝うのを感じながら、レオナールはすぐさまシャロンを連れてくるよう侍女に命じた。
程なくして、ふて腐れたような顔のシャロンがやって来た。
「新しいお店のデザインを考えてたところでしたのに……お話なら、手短に済ませてくださる?」
まだカフェのことを諦めていないらしい。いい加減にしろと怒鳴りたくなるのを堪え、レオナールは努めて優しく問いかけた。
「シャロン、少し前にルミナリア王妃から茶会の招待状が届いていただろう? ちゃんと出席したんだろうね?」
「え? 他の国の言葉なんてろくに話せませんし、面倒だから行きませんでしたわよ。どうせあのおばさん、わたくしに恥をかかせようとしたに決まってますもの。ルミナリア王妃って本当に性格が悪いですわよね!」
唇を尖らせてシャロンが言い放つと、レオナールの顔からたちまち血の気が引いていった。
「なんということをしてくれたんだ、君は! いったいどんな理由で断ったんだ!?」
「はぁ? わたくしは一方的に招待状を送りつけられましたのよ。どうしてそんなものに、いちいち返事を出さなきゃいけませんの!」
あろうことか、一言の断りもなく欠席していたという衝撃の事実にレオナールと伯爵は絶句した。
「この……バカ娘!」
夫人は鬼のような形相で新聞を丸め、シャロンへ叩きつけるように投げつけた。
「ちょっと何なさいますの! 今のわたくしは、お母様よりずっと身分が上ですのよ!」
「お黙りなさいっ! あなた、一国の王妃になったのよ! どうして語学のひとつも身につけていないの!?」
「そんなの通訳に任せればいいって言ったのは、お母様じゃありませんこと!?」
激しく罵り合う母娘の傍らで、レオナールは深い絶望に打ちひしがれていた。
(間違いない。それが原因で条約の枠組みから外されたんだ……)
財政が厳しい状況で諸外国から爪弾きにされるなど、あまりに致命的すぎる。いざという時、どの国も手を差し伸べてくれないかもしれない。
「今からでも頭を下げるしか……」
「いえ、まだ盤面をひっくり返す手段は残っております」
「そ、それは本当か!?」
レオナールが縋るような眼差しを向けると、伯爵は内緒話をするように低く囁いた。
「実はこのエリアン王国にも、十年前に我が父が密かに完成させた魔導書がございます。今も王城のどこかに眠っているはずのその力さえあれば、ルミナリア王国と対等に渡り合うことも、決して不可能ではありません」
「対等に……渡り合う……」
暗く沈んでいたレオナールの瞳に、希望の光が灯る。レオナールは顔を跳ね上げると、すぐさま鋭い目つきで伯爵に詰め寄った。
「だが、なぜそんな大事なことを、もっと早く明かさなかったのだ。まさか、こっそり魔導書を盗み出すつもりだったのか?」
「お恥ずかしながら、我々もたかが本一冊と軽んじておりました。しかし、ルミナリアの躍進を目の当たりにし、その認識を改めたのです。陛下、どうか父が遺した魔導書をもって、このエリアン王国をお救いください」
「……ああ、君たちには感謝するよ」
レオナールは直ちに臣下たちを動員し、魔導書の捜索を命じた。物置から談話室の隅々に至るまで、城内をくまなく調べさせた。
そして目当てのものは、宝物庫の片隅で埃を被った古い箱の中にひっそりと保管されていた。
「これが魔導書か……」
表紙に施された金と銀の魔法陣が、えも言われぬ神秘さを醸し出している。ずっしりと重みのある一冊を手に取りながら、レオナールは奥歯を嚙み締める。魔導書がなぜ王家の手に渡ったのか、その経緯も伯爵夫妻から聞かされたのだ。
(父上め、これほどのものを私に隠していたとはな)
息子には到底使いこなせないと、侮っていたのだろうか。忌々しい思いが胸に渦巻くが、今やこの魔導書は自分の手の中にある。
臣下たちが固唾を呑んで見守る中、レオナールはにやりと口角を上げ、魔導書のページを勢いよく開いた。
そこである大きな問題に気づき、唇をわなわなと震わせた。
「なんと書いてあるのか、まったく読めないぞ!」
どのページを捲っても、見たこともない言語の羅列がびっしりと綴られているばかり。当然、何の反応も示さない。
「伯爵夫妻!」
レオナールが詰問するように伯爵夫妻に目をやると、ふたりは逃げるようにさっと視線を逸らした。
「いやあ、開けば勝手に魔法が発動するものと……」
「本当、世の中上手くいかないものですわね。おほほ……」
「笑っている場合か! これでは何の役にも立たないだろうが!」
魔導書を荒々しく投げ捨てようとするレオナールを、文官たちが「陛下!」と慌てて止めに入る。
「お、落ち着いてください、陛下。父の魔導書制作を手伝っていたロゼッタなら、何か知っているかもしれません」
かつての婚約者の名に、レオナールはぴくりと眉をひそめた。
「あの女に頼るのは癪だが、背に腹は代えられない。すぐにロゼッタを連れてこい」
「それが……王城を去ってから自宅にも戻っておらず、行方がわからないのです」
伯爵の言葉に、レオナールの顔はますます険しさを増していく。
「くそっ、せっかく魔導書を手に入れたというのに。急いでロゼッタの所在を調べろ! なんとしてでも見つけ出すのだ!」
こうして、地方兵も含めたロゼッタの大捜索が開始されたが、彼女を発見するには至らなかった。
そんな中、意外な事実が浮上する。ある辻馬車の業者の証言により、彼女が最後に立ち寄ったのはブランドール辺境伯領であることが判明したのだ。
「なるほど、ブランドール伯の元に身を寄せたというわけか。すぐにロゼッタを引き渡すよう、ブランドール伯に書状を出せ!」
レオナールは意気揚々と文官に命じ、書状を送らせた。ところが、ブランドール伯からの返信は『立ち寄ったのは、ほんの一瞬のこと。あいにくだが、ロゼッタ嬢はもうここにはいない』という、にべもない内容だった。
「くそっ! 私はいつになったら、魔導書を使えるようになるんだ!?」
手元の魔導書を睨みつけながら、レオナールは乱暴に髪を搔き乱した。
こうして手をこまねいている間にも、ルミナリア王国では魔導書を活用した政策が着々と進んでいる。先日は魔法によって鉱山内部の安全を確保し、作業効率を大きく向上させたという。
「隣国にこれ以上の遅れを取るなどあってはならない。一刻も早く魔導書を実用化させるのだ!」
「ですな……」
荒れる国王に相槌を打ちながら、宰相は物思いに耽っていた。
「陛下、ロゼッタはもしやルミナリア王国に渡ったのではないでしょうか?」
「何?」
ぐしゃぐしゃの髪のまま、レオナールが宰相に顔を向ける。
「彼女は翻訳技術に長けているだけでなく、魔導書制作の工程にも詳しいはず。あの国が魔導書を作り上げたのも、ロゼッタの助力があったとするなら合点がいきます」
宰相の推測は納得のいくものだ。レオナールは藁にも縋る思いで、ルミナリア王城の内部情報を徹底的に調べさせた。
そして、それから半月後。
レオナールは届いたばかりの調査報告書に目を通していた。
(まったく……随分と手こずらせてくれたものだ)
口元に怪しげな笑みが浮かぶ。
文官のリストには、ロゼッタ・ブランドールの名が記されていた。
「ルミナリアでの茶会を報じる記事を隅々まで読みましたが、シャロンの名だけがどこにも見当たらないのです。国賓として招かれたはずなのに、そんなこと普通では考えられませんわ」
「あ、当たり前だろう。……だが、そこまで疑うのなら、念のためにシャロンに直接確認してみようじゃないか」
必死に余裕を取り繕うレオナールだったが、どれほど記憶を掘り返しても、シャロンを茶会へ送り出した覚えなどない。背中に冷たい汗が伝うのを感じながら、レオナールはすぐさまシャロンを連れてくるよう侍女に命じた。
程なくして、ふて腐れたような顔のシャロンがやって来た。
「新しいお店のデザインを考えてたところでしたのに……お話なら、手短に済ませてくださる?」
まだカフェのことを諦めていないらしい。いい加減にしろと怒鳴りたくなるのを堪え、レオナールは努めて優しく問いかけた。
「シャロン、少し前にルミナリア王妃から茶会の招待状が届いていただろう? ちゃんと出席したんだろうね?」
「え? 他の国の言葉なんてろくに話せませんし、面倒だから行きませんでしたわよ。どうせあのおばさん、わたくしに恥をかかせようとしたに決まってますもの。ルミナリア王妃って本当に性格が悪いですわよね!」
唇を尖らせてシャロンが言い放つと、レオナールの顔からたちまち血の気が引いていった。
「なんということをしてくれたんだ、君は! いったいどんな理由で断ったんだ!?」
「はぁ? わたくしは一方的に招待状を送りつけられましたのよ。どうしてそんなものに、いちいち返事を出さなきゃいけませんの!」
あろうことか、一言の断りもなく欠席していたという衝撃の事実にレオナールと伯爵は絶句した。
「この……バカ娘!」
夫人は鬼のような形相で新聞を丸め、シャロンへ叩きつけるように投げつけた。
「ちょっと何なさいますの! 今のわたくしは、お母様よりずっと身分が上ですのよ!」
「お黙りなさいっ! あなた、一国の王妃になったのよ! どうして語学のひとつも身につけていないの!?」
「そんなの通訳に任せればいいって言ったのは、お母様じゃありませんこと!?」
激しく罵り合う母娘の傍らで、レオナールは深い絶望に打ちひしがれていた。
(間違いない。それが原因で条約の枠組みから外されたんだ……)
財政が厳しい状況で諸外国から爪弾きにされるなど、あまりに致命的すぎる。いざという時、どの国も手を差し伸べてくれないかもしれない。
「今からでも頭を下げるしか……」
「いえ、まだ盤面をひっくり返す手段は残っております」
「そ、それは本当か!?」
レオナールが縋るような眼差しを向けると、伯爵は内緒話をするように低く囁いた。
「実はこのエリアン王国にも、十年前に我が父が密かに完成させた魔導書がございます。今も王城のどこかに眠っているはずのその力さえあれば、ルミナリア王国と対等に渡り合うことも、決して不可能ではありません」
「対等に……渡り合う……」
暗く沈んでいたレオナールの瞳に、希望の光が灯る。レオナールは顔を跳ね上げると、すぐさま鋭い目つきで伯爵に詰め寄った。
「だが、なぜそんな大事なことを、もっと早く明かさなかったのだ。まさか、こっそり魔導書を盗み出すつもりだったのか?」
「お恥ずかしながら、我々もたかが本一冊と軽んじておりました。しかし、ルミナリアの躍進を目の当たりにし、その認識を改めたのです。陛下、どうか父が遺した魔導書をもって、このエリアン王国をお救いください」
「……ああ、君たちには感謝するよ」
レオナールは直ちに臣下たちを動員し、魔導書の捜索を命じた。物置から談話室の隅々に至るまで、城内をくまなく調べさせた。
そして目当てのものは、宝物庫の片隅で埃を被った古い箱の中にひっそりと保管されていた。
「これが魔導書か……」
表紙に施された金と銀の魔法陣が、えも言われぬ神秘さを醸し出している。ずっしりと重みのある一冊を手に取りながら、レオナールは奥歯を嚙み締める。魔導書がなぜ王家の手に渡ったのか、その経緯も伯爵夫妻から聞かされたのだ。
(父上め、これほどのものを私に隠していたとはな)
息子には到底使いこなせないと、侮っていたのだろうか。忌々しい思いが胸に渦巻くが、今やこの魔導書は自分の手の中にある。
臣下たちが固唾を呑んで見守る中、レオナールはにやりと口角を上げ、魔導書のページを勢いよく開いた。
そこである大きな問題に気づき、唇をわなわなと震わせた。
「なんと書いてあるのか、まったく読めないぞ!」
どのページを捲っても、見たこともない言語の羅列がびっしりと綴られているばかり。当然、何の反応も示さない。
「伯爵夫妻!」
レオナールが詰問するように伯爵夫妻に目をやると、ふたりは逃げるようにさっと視線を逸らした。
「いやあ、開けば勝手に魔法が発動するものと……」
「本当、世の中上手くいかないものですわね。おほほ……」
「笑っている場合か! これでは何の役にも立たないだろうが!」
魔導書を荒々しく投げ捨てようとするレオナールを、文官たちが「陛下!」と慌てて止めに入る。
「お、落ち着いてください、陛下。父の魔導書制作を手伝っていたロゼッタなら、何か知っているかもしれません」
かつての婚約者の名に、レオナールはぴくりと眉をひそめた。
「あの女に頼るのは癪だが、背に腹は代えられない。すぐにロゼッタを連れてこい」
「それが……王城を去ってから自宅にも戻っておらず、行方がわからないのです」
伯爵の言葉に、レオナールの顔はますます険しさを増していく。
「くそっ、せっかく魔導書を手に入れたというのに。急いでロゼッタの所在を調べろ! なんとしてでも見つけ出すのだ!」
こうして、地方兵も含めたロゼッタの大捜索が開始されたが、彼女を発見するには至らなかった。
そんな中、意外な事実が浮上する。ある辻馬車の業者の証言により、彼女が最後に立ち寄ったのはブランドール辺境伯領であることが判明したのだ。
「なるほど、ブランドール伯の元に身を寄せたというわけか。すぐにロゼッタを引き渡すよう、ブランドール伯に書状を出せ!」
レオナールは意気揚々と文官に命じ、書状を送らせた。ところが、ブランドール伯からの返信は『立ち寄ったのは、ほんの一瞬のこと。あいにくだが、ロゼッタ嬢はもうここにはいない』という、にべもない内容だった。
「くそっ! 私はいつになったら、魔導書を使えるようになるんだ!?」
手元の魔導書を睨みつけながら、レオナールは乱暴に髪を搔き乱した。
こうして手をこまねいている間にも、ルミナリア王国では魔導書を活用した政策が着々と進んでいる。先日は魔法によって鉱山内部の安全を確保し、作業効率を大きく向上させたという。
「隣国にこれ以上の遅れを取るなどあってはならない。一刻も早く魔導書を実用化させるのだ!」
「ですな……」
荒れる国王に相槌を打ちながら、宰相は物思いに耽っていた。
「陛下、ロゼッタはもしやルミナリア王国に渡ったのではないでしょうか?」
「何?」
ぐしゃぐしゃの髪のまま、レオナールが宰相に顔を向ける。
「彼女は翻訳技術に長けているだけでなく、魔導書制作の工程にも詳しいはず。あの国が魔導書を作り上げたのも、ロゼッタの助力があったとするなら合点がいきます」
宰相の推測は納得のいくものだ。レオナールは藁にも縋る思いで、ルミナリア王城の内部情報を徹底的に調べさせた。
そして、それから半月後。
レオナールは届いたばかりの調査報告書に目を通していた。
(まったく……随分と手こずらせてくれたものだ)
口元に怪しげな笑みが浮かぶ。
文官のリストには、ロゼッタ・ブランドールの名が記されていた。