国を追われましたが、文官令嬢としてセカンドライフを送ります!
(そうよ、この手があったわ!)
ロゼッタは弾かれたように顔を上げ、エドガーに詰め寄った。
「エドガーさん、急いでお城に戻りましょう! ルミナリア王国を守る方法を思いついたんです!」
「本当かい? でもいったい、どうやって……っ」
エドガーは目を見張り、ロゼッタの肩を強く掴んだ。その瞳には驚きと、そして淡い希望が宿っている。
「ただ、そのためには魔導書用の紙とペンが必要なんです。……正直、間に合うかどうかはギリギリの賭けですが、やるしかありません!」
詳しい説明は後だ。ここからは一分一秒を争う、時間との勝負になる。肩に置かれたエドガーの手をそっと払いのけ、ロゼッタが地を蹴って走り出そうとした、その時。
「え?」
不意に背後から、誰かがロゼッタの肩をとんとんと叩いた。
「紙とペンでしたら、こちらに」
「え?」
反射的に振り返ったロゼッタの前に、数枚の白紙と羽ペン、そしてインク瓶を差し出したのはお馴染みの銀髪の男だった。
「ユーグさん!?」
「不測の事態に備えて、用意しておきました。どうぞ、お使いください」
この極限状態にあっても、ユーグは驚くほど平常運転だ。
(……完璧すぎて、もはや不気味なくらいだわ)
とはいえ、彼のおかげで城へ戻るための時間を大幅に短縮できたのは事実。ロゼッタは「ありがとうございます!」と一式を受け取ると、すぐさま平らな地面を探し、ひざまずいて紙を広げた。
そして、インクを浸したペンを走らせ、圧倒的な速さで古代文字を綴り始める。
「ロゼッタ様、何をされてるんですか!」
突然地面に這いつくばったロゼッタに、近衛兵たちがあからさまに当惑した声を上げる。
「それは……魔導書のページを書いているのかい? だが、魔法ならその本を使えば済むはずだ。なぜわざわざ今ここで書き直す必要が……」
疑問を口にしているうちに、その答えに思い至ったのだろう。エドガーは言いかけて、言葉を喉元で詰まらせた。
「……以前、私はまだ解読できていない魔法があると言いました。でも……本当は解けていたんです。解けていたのに、わからないふりをしていました」
一心不乱にペンを動かしながら、ロゼッタは絞り出すように打ち明ける。本当なら、誰にも悟られぬよう心の奥底にしまい続けていたかった秘密だった。
エドガーは今、どんな顔をしているだろう。隠し事をしていたことを責められるかもしれない。
けれど、今は不安に飲まれている暇はなかった。
「嘘をついていて、本当にごめんなさい。理由は必ずあとでお話しします。だから今は、私を信じて力を貸してください」
「……僕は何をすればいい?」
エドガーが隣に片膝をつき、ロゼッタの言葉を聞き漏らすまいと耳を寄せる。その信頼に心の中で感謝しつつ、ロゼッタは手元の紙から目を逸らさぬまま、思いついた策を早口に説明した。
そして。
「君の作戦はわかった。確かにその方法なら、レオナール陛下を止められるかもしれない」
深く頷きながらも、エドガーの声には拭い切れない陰りが混じっている。
「だけど、ひとつだけ確認させてくれ。この作戦で、君が無事に戻ってこられる保証はあるのかい?」
その問いに、ロゼッタは一瞬、ペンの動きを止めた。
(そんなもの、どこにもない……)
たとえ気休めであっても、即座に頷くことはできなかった。元よりこの魔法を使ったからといって、望む結果が得られる確証はない。答えなんて、やってみた先にしかないのだから。
それどころか、ほんの少し選択を間違えれば、今よりもさらに最悪な未来を招き寄せてしまうかもしれない。
自分ひとりが背負うには、あまりにも重すぎる責任だ。本当は、逃げ出してしまいたいほど怖い。
けれど、一度でも弱音を口にしてしまったら、二度と立ち上がれなくなる気がする。何もしないで終わることだけは、絶対に嫌だった。
「約束します、エドガーさん。もう一度皆さんと会うために、私は必ず戻ってきます」
顔を上げ、エドガーの瞳をまっすぐ見つめてロゼッタは告げた。
「……信じているよ、君のことを」
後ろ髪を引かれる思いを断ち切るように立ち上がると、エドガーは近衛兵たちへ鋭い視線を向けた。
「ロゼッタと街のみんなを頼んだぞ」
「はっ。宰相閣下も、どうかご武運を!」
彼らは迷いのない清々しい表情で、力強く敬礼をした。
「行こう、ユーグ。ロゼッタの覚悟に、僕たちも全力で応えなくてはならないからね」
「どこまでもお供いたします」
ユーグを連れてエドガーが走り出す。遠ざかっていく足音を聞きながら、ロゼッタは必死に言葉を紙に刻み続ける。一字一句、わずかな狂いも許されない。極限まで神経を研ぎ澄ませ、ペンを動かしていく。
そして極度の緊張と戦いながらも、ついに最後の文字を綴り終えた。
「でき……た……」
びっしりと文字に埋め尽くされた紙面を見直すことはしない。完璧に書き上げたと信じて、ロゼッタはその紙を天高く掲げた。
「時を刻む針よ、世界の理を打ち破り、我を懐かしき過去へ、輝ける未来へと導きたまえ』!」
神秘の力を秘めた魔導書には、たったひとつ固有名を与えられた魔法が存在する。
その名は『時空旅行』。
過去、現在、未来――あらゆる時間の座標に降り立つことのできる魔法だ。
近衛兵たちが息を呑む中、ロゼッタの体は白い光に包み込まれ、やがて影も形もなく消え去った。
ロゼッタは弾かれたように顔を上げ、エドガーに詰め寄った。
「エドガーさん、急いでお城に戻りましょう! ルミナリア王国を守る方法を思いついたんです!」
「本当かい? でもいったい、どうやって……っ」
エドガーは目を見張り、ロゼッタの肩を強く掴んだ。その瞳には驚きと、そして淡い希望が宿っている。
「ただ、そのためには魔導書用の紙とペンが必要なんです。……正直、間に合うかどうかはギリギリの賭けですが、やるしかありません!」
詳しい説明は後だ。ここからは一分一秒を争う、時間との勝負になる。肩に置かれたエドガーの手をそっと払いのけ、ロゼッタが地を蹴って走り出そうとした、その時。
「え?」
不意に背後から、誰かがロゼッタの肩をとんとんと叩いた。
「紙とペンでしたら、こちらに」
「え?」
反射的に振り返ったロゼッタの前に、数枚の白紙と羽ペン、そしてインク瓶を差し出したのはお馴染みの銀髪の男だった。
「ユーグさん!?」
「不測の事態に備えて、用意しておきました。どうぞ、お使いください」
この極限状態にあっても、ユーグは驚くほど平常運転だ。
(……完璧すぎて、もはや不気味なくらいだわ)
とはいえ、彼のおかげで城へ戻るための時間を大幅に短縮できたのは事実。ロゼッタは「ありがとうございます!」と一式を受け取ると、すぐさま平らな地面を探し、ひざまずいて紙を広げた。
そして、インクを浸したペンを走らせ、圧倒的な速さで古代文字を綴り始める。
「ロゼッタ様、何をされてるんですか!」
突然地面に這いつくばったロゼッタに、近衛兵たちがあからさまに当惑した声を上げる。
「それは……魔導書のページを書いているのかい? だが、魔法ならその本を使えば済むはずだ。なぜわざわざ今ここで書き直す必要が……」
疑問を口にしているうちに、その答えに思い至ったのだろう。エドガーは言いかけて、言葉を喉元で詰まらせた。
「……以前、私はまだ解読できていない魔法があると言いました。でも……本当は解けていたんです。解けていたのに、わからないふりをしていました」
一心不乱にペンを動かしながら、ロゼッタは絞り出すように打ち明ける。本当なら、誰にも悟られぬよう心の奥底にしまい続けていたかった秘密だった。
エドガーは今、どんな顔をしているだろう。隠し事をしていたことを責められるかもしれない。
けれど、今は不安に飲まれている暇はなかった。
「嘘をついていて、本当にごめんなさい。理由は必ずあとでお話しします。だから今は、私を信じて力を貸してください」
「……僕は何をすればいい?」
エドガーが隣に片膝をつき、ロゼッタの言葉を聞き漏らすまいと耳を寄せる。その信頼に心の中で感謝しつつ、ロゼッタは手元の紙から目を逸らさぬまま、思いついた策を早口に説明した。
そして。
「君の作戦はわかった。確かにその方法なら、レオナール陛下を止められるかもしれない」
深く頷きながらも、エドガーの声には拭い切れない陰りが混じっている。
「だけど、ひとつだけ確認させてくれ。この作戦で、君が無事に戻ってこられる保証はあるのかい?」
その問いに、ロゼッタは一瞬、ペンの動きを止めた。
(そんなもの、どこにもない……)
たとえ気休めであっても、即座に頷くことはできなかった。元よりこの魔法を使ったからといって、望む結果が得られる確証はない。答えなんて、やってみた先にしかないのだから。
それどころか、ほんの少し選択を間違えれば、今よりもさらに最悪な未来を招き寄せてしまうかもしれない。
自分ひとりが背負うには、あまりにも重すぎる責任だ。本当は、逃げ出してしまいたいほど怖い。
けれど、一度でも弱音を口にしてしまったら、二度と立ち上がれなくなる気がする。何もしないで終わることだけは、絶対に嫌だった。
「約束します、エドガーさん。もう一度皆さんと会うために、私は必ず戻ってきます」
顔を上げ、エドガーの瞳をまっすぐ見つめてロゼッタは告げた。
「……信じているよ、君のことを」
後ろ髪を引かれる思いを断ち切るように立ち上がると、エドガーは近衛兵たちへ鋭い視線を向けた。
「ロゼッタと街のみんなを頼んだぞ」
「はっ。宰相閣下も、どうかご武運を!」
彼らは迷いのない清々しい表情で、力強く敬礼をした。
「行こう、ユーグ。ロゼッタの覚悟に、僕たちも全力で応えなくてはならないからね」
「どこまでもお供いたします」
ユーグを連れてエドガーが走り出す。遠ざかっていく足音を聞きながら、ロゼッタは必死に言葉を紙に刻み続ける。一字一句、わずかな狂いも許されない。極限まで神経を研ぎ澄ませ、ペンを動かしていく。
そして極度の緊張と戦いながらも、ついに最後の文字を綴り終えた。
「でき……た……」
びっしりと文字に埋め尽くされた紙面を見直すことはしない。完璧に書き上げたと信じて、ロゼッタはその紙を天高く掲げた。
「時を刻む針よ、世界の理を打ち破り、我を懐かしき過去へ、輝ける未来へと導きたまえ』!」
神秘の力を秘めた魔導書には、たったひとつ固有名を与えられた魔法が存在する。
その名は『時空旅行』。
過去、現在、未来――あらゆる時間の座標に降り立つことのできる魔法だ。
近衛兵たちが息を呑む中、ロゼッタの体は白い光に包み込まれ、やがて影も形もなく消え去った。