国を追われましたが、文官令嬢としてセカンドライフを送ります!
行きは道中でゆっくりと休息を取っていたレオナール一行だが、帰りはそれどころではない。最低限の休息のみで、一心不乱に王都に向かってひた走っていた。もちろん、食事も粗末なものばかり。
しかも最短距離を稼ぐために、あえて険しい山道を突き進んでいく。そのため、いかに王族の最高級馬車といえども、その乗り心地は最悪だった。
「もっとゆっくり走ってくださる!? これじゃあ全然眠れませんわ!」
誰よりも早く帰りたがっていたシャロンが憤慨するが、当然のごとく無視である。兵士たちはひたすら馬を飛ばし続け、丸二日で国の中枢である王都へと辿り着いた。
「……妙だな。やけに街が静かだ」
いつもなら多くの人々で賑わう王都が、不気味なほど静まり返っている。店は軒並み扉を閉ざしており、通りには猫一匹歩いていない。
よく見れば、閉め切ったカーテンの隙間からこちらの様子を窺っている者もいる。けれど、兵士たちと目が合うなり、慌てて奥に隠れてしまった。
まさに、暴君の帰還に怯える哀れな民そのものだ。
「王族に対して何て無礼ですの。盛大に跪いてお出迎えするのが、平民たちの務めですのに!」
歓迎とは程遠い街の様子に、シャロンが忌々しげに舌打ちする。元気だけが取り柄の彼女は、二日間の過酷な旅を経てもなお、疲労の色など微塵も見せていない。
一方、向かいに座るレオナールは、ようやく現実が見え始めていた。
(間違いなく、ルミナリアは報復にくる。貴族の騎士団をかき集めて王城を死守させている間に、なんとしてでも宰相どもに和解案を練らせなくては……だが、もし和解の条件が、王族の引き渡しだったら? いや、そんな要求に応じるはずがない。エリアン王国の象徴である私を失えば、この国は終わりなのだからな!)
そんな思いとともに、この期に及んでもレオナールは魔導書への未練を断ち切れずにいた。
(……あともう少しだったんだ。一万の兵を従えるより、一冊の魔導書で世界に君臨する王の方が、よほど格好がつく)
理想の自分を想像して締まりのない笑みを浮かべ、シャロンの隣で気まずそうに座っている製本係に目を向けた。
「おい、貴様。新しい魔導書を、また作れないのか?」
「あ、はい。あの解読のノートさえあれば……今回お使いになった魔法だけなら、なんとか形にできるかと」
その自信なさげな回答に、レオナールはぎらりと目を光らせた。
「ふふ……再起を狙うには、それだけあれば十分だ!」
静まり返った通りを抜け、一行はようやく王城に到着した。正門には見慣れた門番たちが控えていたが、その表情はなぜか硬く強張っている。
「お帰りなさいませ、レオナール陛下。どうか急いで大広間へお向かいください。客人たちがお待ちになっております」
「客人だと?」
どうせ、例のカフェの事故に関する慰謝料の催促に、貴族の誰かが来たのだろう。
即刻追い返してやりたいところだが、今は彼らの反感を買うのは得策ではない。レオナールは重い体に鞭を打ち、宰相を従えて大広間へと向かうことにした。
「まったく、オーヴァンにはとんだ迷惑をかけられた。まさかあんな欠陥品を押しつけられるとはな」
「……本当にただの欠陥だったのでしょうか。何か他に原因があるのでは……」
疑問を漏らす宰相に、レオナールは不機嫌そうに眉をひそめた。
「なんだ、私の扱いが悪かったとでも言いたいのか?」
「い、いえ。滅相もございません」
「魔導書など、また作り直せば済む話だ。次こそはルミナリアを壊滅させ、民の命と引き換えに奴らの魔導書とロゼッタを奪い取る。ああ……我ながら完璧すぎる計画だな!」
大きく両手を広げながら見慣れた廊下を進む。
(……それにしても、さっきから使用人や文官の姿をまったく見かけないな。さては私が不在なのをいいことに、仕事をサボっているのか?)
後で全員叱りつけておかねばなるまい。鼻息を荒くしながら、レオナールは大広間の前で足を止めた。
「私だ。扉を開けよ」
声を張り上げ催促するが、返ってきたのは空虚な沈黙だけだった。
「まったく、どいつもこいつも……!」
レオナールは額にピキリと青筋を立て、自ら重厚な扉を乱暴に押し開いた。
「……は?」
扉の向こうに広がっていたのは、予想だにしない光景だった。円を描くように整然と並べられた大量の机と、そこに座る人々。
両脇の席に腰かけている顔ぶれに、レオナールの心臓が跳ねる。彼らは以前、エリアン王国を訪れたことのある諸外国の外交官たちだった。
「そろそろ戻る頃だと思っていたぞ、レオナール陛下」
正面に鎮座するリカルド国王が不敵な笑みを浮かべる。
「な、なんで貴様が……っ」
レオナールは反射的に逃げ出そうとしたが、脇にいたルミナリア兵にすぐさま取り押さえられた。
「今しばらく我々の審議に、お付き合い願えますか?」
リカルド国王の隣でエドガーが静かに微笑む。その手には、あろうことか製本係が持ち出したはずのノートが握られていた。
(有り得ない。なぜだ、どうしてこんなことになっている!?)
恐怖と驚愕が濁流のように押し寄せ、思考が上手く纏まらない。わけもわからぬまま、レオナールは宰相ともども、引きずられるようにして中央の椅子に座らされた。
「役者が揃ったところで、これより国際裁判を始めさせていただきます」
エドガーの宣言に応じるように、各国の要人たちが無言で頷いた。
「まずはレオナール陛下。こちらのノートの窃盗容疑、および我が国への宣戦布告なき侵略行為。どちらから片づけるとしましょうか?」
この瞬間、レオナールの国王としての人生は決定的な終わりを迎えたのだった。
しかも最短距離を稼ぐために、あえて険しい山道を突き進んでいく。そのため、いかに王族の最高級馬車といえども、その乗り心地は最悪だった。
「もっとゆっくり走ってくださる!? これじゃあ全然眠れませんわ!」
誰よりも早く帰りたがっていたシャロンが憤慨するが、当然のごとく無視である。兵士たちはひたすら馬を飛ばし続け、丸二日で国の中枢である王都へと辿り着いた。
「……妙だな。やけに街が静かだ」
いつもなら多くの人々で賑わう王都が、不気味なほど静まり返っている。店は軒並み扉を閉ざしており、通りには猫一匹歩いていない。
よく見れば、閉め切ったカーテンの隙間からこちらの様子を窺っている者もいる。けれど、兵士たちと目が合うなり、慌てて奥に隠れてしまった。
まさに、暴君の帰還に怯える哀れな民そのものだ。
「王族に対して何て無礼ですの。盛大に跪いてお出迎えするのが、平民たちの務めですのに!」
歓迎とは程遠い街の様子に、シャロンが忌々しげに舌打ちする。元気だけが取り柄の彼女は、二日間の過酷な旅を経てもなお、疲労の色など微塵も見せていない。
一方、向かいに座るレオナールは、ようやく現実が見え始めていた。
(間違いなく、ルミナリアは報復にくる。貴族の騎士団をかき集めて王城を死守させている間に、なんとしてでも宰相どもに和解案を練らせなくては……だが、もし和解の条件が、王族の引き渡しだったら? いや、そんな要求に応じるはずがない。エリアン王国の象徴である私を失えば、この国は終わりなのだからな!)
そんな思いとともに、この期に及んでもレオナールは魔導書への未練を断ち切れずにいた。
(……あともう少しだったんだ。一万の兵を従えるより、一冊の魔導書で世界に君臨する王の方が、よほど格好がつく)
理想の自分を想像して締まりのない笑みを浮かべ、シャロンの隣で気まずそうに座っている製本係に目を向けた。
「おい、貴様。新しい魔導書を、また作れないのか?」
「あ、はい。あの解読のノートさえあれば……今回お使いになった魔法だけなら、なんとか形にできるかと」
その自信なさげな回答に、レオナールはぎらりと目を光らせた。
「ふふ……再起を狙うには、それだけあれば十分だ!」
静まり返った通りを抜け、一行はようやく王城に到着した。正門には見慣れた門番たちが控えていたが、その表情はなぜか硬く強張っている。
「お帰りなさいませ、レオナール陛下。どうか急いで大広間へお向かいください。客人たちがお待ちになっております」
「客人だと?」
どうせ、例のカフェの事故に関する慰謝料の催促に、貴族の誰かが来たのだろう。
即刻追い返してやりたいところだが、今は彼らの反感を買うのは得策ではない。レオナールは重い体に鞭を打ち、宰相を従えて大広間へと向かうことにした。
「まったく、オーヴァンにはとんだ迷惑をかけられた。まさかあんな欠陥品を押しつけられるとはな」
「……本当にただの欠陥だったのでしょうか。何か他に原因があるのでは……」
疑問を漏らす宰相に、レオナールは不機嫌そうに眉をひそめた。
「なんだ、私の扱いが悪かったとでも言いたいのか?」
「い、いえ。滅相もございません」
「魔導書など、また作り直せば済む話だ。次こそはルミナリアを壊滅させ、民の命と引き換えに奴らの魔導書とロゼッタを奪い取る。ああ……我ながら完璧すぎる計画だな!」
大きく両手を広げながら見慣れた廊下を進む。
(……それにしても、さっきから使用人や文官の姿をまったく見かけないな。さては私が不在なのをいいことに、仕事をサボっているのか?)
後で全員叱りつけておかねばなるまい。鼻息を荒くしながら、レオナールは大広間の前で足を止めた。
「私だ。扉を開けよ」
声を張り上げ催促するが、返ってきたのは空虚な沈黙だけだった。
「まったく、どいつもこいつも……!」
レオナールは額にピキリと青筋を立て、自ら重厚な扉を乱暴に押し開いた。
「……は?」
扉の向こうに広がっていたのは、予想だにしない光景だった。円を描くように整然と並べられた大量の机と、そこに座る人々。
両脇の席に腰かけている顔ぶれに、レオナールの心臓が跳ねる。彼らは以前、エリアン王国を訪れたことのある諸外国の外交官たちだった。
「そろそろ戻る頃だと思っていたぞ、レオナール陛下」
正面に鎮座するリカルド国王が不敵な笑みを浮かべる。
「な、なんで貴様が……っ」
レオナールは反射的に逃げ出そうとしたが、脇にいたルミナリア兵にすぐさま取り押さえられた。
「今しばらく我々の審議に、お付き合い願えますか?」
リカルド国王の隣でエドガーが静かに微笑む。その手には、あろうことか製本係が持ち出したはずのノートが握られていた。
(有り得ない。なぜだ、どうしてこんなことになっている!?)
恐怖と驚愕が濁流のように押し寄せ、思考が上手く纏まらない。わけもわからぬまま、レオナールは宰相ともども、引きずられるようにして中央の椅子に座らされた。
「役者が揃ったところで、これより国際裁判を始めさせていただきます」
エドガーの宣言に応じるように、各国の要人たちが無言で頷いた。
「まずはレオナール陛下。こちらのノートの窃盗容疑、および我が国への宣戦布告なき侵略行為。どちらから片づけるとしましょうか?」
この瞬間、レオナールの国王としての人生は決定的な終わりを迎えたのだった。