国を追われましたが、文官令嬢としてセカンドライフを送ります!
 さて、体調が完全に回復すると、ロゼッタはエリアン王国に足を運んでいた。向かったのは、かつて過ごした王城でも、王都にある実家でもない。
 何かと世話になっているブランドール伯の屋敷だった。

「よく来てくれたな、ロゼッタ。顔を見られて嬉しいが、体の方は万全かね?」
「ええ。見ての通り、すっかり元気になりました」
「そうか……」

 ロゼッタが笑顔で答えると、ブランド―ル伯は安心したように頷いた。

「忙しいのに呼び出してすまなんだ。レオナール陛下のことで少し話が聞きたくてな」
「レオナール陛下の?」
「うむ。国際裁判でレオナール陛下たちがどうなったのか、情報が錯綜していてな。裁判の場で暴れて首を刎ねられただの、手足を縛られて火山口に放り込まれただの……王都から真偽不明の噂が次々と舞い込んでくるのだよ」

 そんなわけで、当事者に近いロゼッタを呼んだらしい。

「私も直接見たわけではなく、エドガー様に伺った話になりますが……それでもよろしいでしょうか?」
「うむ、構わん。聞かせてくれ」

 ブランドール伯は身を乗り出し、ロゼッタに話を促した。

「それでは……お話しいたします」

 ロゼッタは小さく息を吐き、静かに語り始めた。
 エリアン王城で執り行われた国際裁判。それは醜悪の一言に尽きる滑稽な茶番劇だった。

『わ、私は悪くない。滅びゆくエリアン王国を救うため、最善を尽くそうとしただけだ。国のための行動が、なぜ罪に問われねばならない!』

 予想通りというべきか、レオナールは自らの非を認めなかった。それどころか、あまりに身勝手な主張を並べ立て、居並ぶ各国の要人たちを心底呆れさせたという。

『……自国を救うために、ルミナリア王国へ侵攻したと? 申し訳ありませんが、何を仰っているのか理解しかねますな』
『我が国が再生するためには、完璧な魔導書が必要だったのだ! ルミナリアばかりが豊かさを独占しているのは不公平ではないか! 我らにも、その恩恵をわかち合う権利があるはずだ!』
『独占だと? ルミナリア王国がそのような振る舞いをした事実はありません』

 ひとりの言葉を皮切りに、次々と批判の声が上がる。

『彼らは礼節を持って接する国には、惜しみなく手を差し伸べてきた。事実、我が国の土壌改善にも、多大な尽力をいただいている』
『あなた方は外交努力すら怠ってきた。にもかかわらず、「自分たちは何もしないが、助けるのは当然だ」と? あまりに幼稚な理屈だ。外交の基本である茶会すら無断欠席するような王妃を戴く国を、なぜ無償で救わねばならないのですか』

 彼を擁護する者は、誰ひとりとしていなかった。すると、レオナールはなりふり構わず責任転嫁を始めた。

『せ、責任を負うべきなのは宰相だ。製本係を買収してノートを盗ませたのはこいつなんだからな。強大な力を無理やり握らせ、私の正常な判断力を奪ったんだ……すべては宰相のせいだ!』
『はぁぁぁ!? 私は陛下の尻拭いのために、泥を被って汚れ仕事を引き受けただけです! あなたが誠意を持ってルミナリア王国に接してさえいれば、このような結末にはならなかったはず。つまらない虚栄心で国交に傷をつけたのは陛下ご自身です!』
『宰相、貴様!』

 レオナールに怒鳴られても、宰相は怯むことなくまくし立てた。

『そもそも、この件で問われるべき者は、他にもおられるのではありませんか。元を正せば、レイファール伯爵夫妻が魔導書の存在を公にしたのが全ての元凶だ。彼らが余計な算段をしなければ、こんな事態にはならなかったのだ』
『ほお……?』

 暴露という名の裏切りに、エドガーとルミナリア国王がすっと目を細める。
 即座に呼び出されたレイファール伯爵夫妻だったが、彼らの口から出たのは支離滅裂な言い分だった。

『わ、私たちはただ、亡き父の遺品である魔導書の返還を願い出たにすぎません。それを勝手に悪用し始めたのは陛下、あなたたちではありませんか』
『きっとシャロンの入れ知恵に違いありませんわ。昔から物欲が強くて、実の姉を王城から追い出して平然としているような子ですもの。自分が世界一の女王に君臨するためなら、なんだって企みますわ!』

 両親の告発を受け、程なくして大広間に姿を現したシャロンは、露骨に不機嫌な様子だった。

『わたくしをあんな狭苦しい部屋に閉じ込めて、ステーキとケーキはいつになったら運ばれてきますの!』

 帰国早々、罪人用の独房に軟禁されていたシャロンには、何の説明も与えられていなかった。国際裁判の場であると告げられても、彼女はその重大さをまったく理解していないようだった。

『はぁ? わたくし知りませんわよ、そんなこと。ルミナリア王国を潰すのだって失敗したわけでしょう? そこにいるレオナール様が謝って、それで終わりでいいじゃありませんか。もうわたくし、おなかぺこぺこですのよ』

 あまりに利己的な発言に、法廷内は水を打ったように静まり返った。レオナールや伯爵夫妻ですら絶句している。
 しかしシャロンは追い打ちをかけるように、さらなる爆弾を投下した。

『ねえ、お父様。わたくし、レオナール様とはもうお別れしたいですわ』
『お、お前……こんな時に、いったい何を言い出すんだ』
『だって、レオナール様のせいでわたくしまで怒られるなんて、あんまりですわ。それに最近、欲しいものも全然買ってくれないんですもの。もっと優しくて、お金持ちでなんでも買ってくださる素敵な旦那様が欲しいですわ!』

 うっとりと微笑むシャロンに、会場の要人たちは深く重い溜め息をつく。あまりの低俗さにもはや言葉も出ないといった様子だ。目の前の『怪物』をただ冷ややかに見ている。
 その後の武官たちへの尋問では、ルミナリア王国の属国化を独断で企てていたことなどが判明。エリアン王国の国際的な信用は、修復不可能なまでに失墜した。

 こうしてレオナールや宰相をはじめ、侵略に加担した者たちはその場でひとり残らず捕縛された。

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