気づいてなかっただけ
当然、何もない。

戻ろうとした時、ふと違和感に気づいた。

ロッカーの扉が、ひとつだけ開いている。

中を覗くと——

制服がひとつ、ぐしゃぐしゃに詰め込まれていた。

血のような黒いシミがついている。

心臓が跳ねた。

その時、背後で声がした。

「それ、僕のなんですよ」

振り返ると、男が立っていた。

いつの間にか、バックヤードの中にいる。

「……どうやって、ここに」

「さっきからずっと、ここにいましたよ」

男は首をかしげた。

「あなた、気づいてなかっただけで」

ぞっとした。

さっきレジで対応した時、この男は『外から入ってきた』

はずなのに。

「前の子も、同じ顔してました」

男はロッカーの中を見ながら、淡々と言う。

「最初はみんな、気づかないんです」

ゆっくりと、こちらに顔を向ける。

その口元が、わずかに歪んだ。

「でも、大丈夫。すぐ慣れますよ」

その瞬間、店内から電話の着信音が鳴った。

反射的に振り返り、もう一度男の方を見ると——

いなかった。
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