【R15版】前世の恋人 ~正ヒロインに内緒でメインヒーローと~

1 秘密


 私には過去、好きな人がいた。だけど、それは今まで生きてきた十六年の間で好きになった訳ではない。多分、前世と考えるのが近いのかもしれない。この人生とは違う、別のどこかで好きになった。

 ある時、その人を救う事が私の使命であると……天啓が降りてきたかのように閃いた。よく見る夢の中で……私は何度も、彼を助けようと試みる。道路を渡ろうとする男の子の背中へ、必死に手を伸ばす。今度こそ……あと少し……!

 届いた……。

 世界が鮮やかに広がる。制服のシャツの上に黒いジャンパーを羽織った背の高い男子が、驚いた顔をして私を見ている。私が……急に彼の腕を引っ張ったからだ。そうしないと、彼は死んでいた。先程、通り過ぎた車に撥ねられる最悪な未来を……私は知っているから……やっと届いた手が震える。

「これ、落としましたよ」

 腕を引っ張った際に落ちたらしい鍵を拾い、彼へ手渡す。イソギンチャクのキーホルダーに、二つの鍵が付けてある。

「ありがとう。助かった」

 微笑み掛けられた。少し長めの黒髪に、切れ長の優しげな目。私は、この人を知っている。
 ぐちゃぐちゃに泣き出したい感情を隠し、見つめていた瞳を伏せる。

 ――私が、ずっと好きだった人。

 精一杯、笑顔を作る。

「フラフラしてましたよ。気を付けて下さいね」

 さっき道を歩いていた彼は、体調でも悪いのかフラフラしていたように思う。言い置き、踵を返す。

 さよなら。大好きでした。きっと、この先も……宝物のように残ってしまう悲しい恋心は打ち明けずに、彼から遠ざかる。進みながら、制服の胸元を握り締める。

「うぅ~」

 我慢していた涙が溢れる。歯を食いしばって止めようとしても、もっと酷い有様に陥る。

 彼の幸せを願っている。だから私の我儘は、言葉にしてはいけない。この身の内から、出してはならない。ずっと秘密だ。

 立ち止まって振り返る。遠くに、後ろ姿が見える。これで、よかったのだと……涙を拭う。

 彼には、相思相愛の恋人がいる。

 もし、この世界が何かの物語の舞台で。主人公が彼だったとしたら。
 ヒロインは私じゃない。


 近い未来に再び、彼と出会う。私は、その事を知っている。繰り返し見た夢で……私は何度も、私として同じような人生を歩んだ。

 一つ前と思しき記憶は、ほかのものと少し……毛色が違う。何と言うか……色々めちゃくちゃで、狂っていて。だけど、凄く満たされたような……涙が出そうな程、幸せな事が起こったように感じている。

 朝、目が覚めて泣いていた。頭がおかしくなりそうだ。前の自分が憎い。私に、こんな感情を植え付けて。どうする事もできない想いなんて。最悪だ。

 暫くの間……部屋のベッドで上半身を起こし、俯いていた。



 予想通り。彼らと再会した。概ね……夢で見てきた人生と同じ展開だと、少しほっとしている。一つ前の人生らしき夢のインパクトが強烈過ぎたから「今回も、もしかして?」と、不安や期待にドキドキする時もあったけど。思い過ごしみたいだ。

 高校の一つ上の学年だった彼……沼田さんは、私の兄のクラスメイトでもある。ダメだと思いつつも居ても立っても居られなくて、兄に頼んで紹介してもらう約束を取り付けた。

 約束の日。彼の教室へ足を踏み入れる。ドックドックと脈打つ心臓。夢と同じで、自己紹介をする。

 彼の事は知らないフリをした。初対面を演じる。きっと彼も、私の事など覚えていない筈。夢で知る彼は恋人一筋で、ほかの女子に興味を持っていない様子が多かった。

 何だろう。彼の視線が冷たい気がする。

 夢と同じで、現実の私も……彼の恋人をちくりと貶してしまう。そして今回も。彼は彼女を庇った。

 心の中で笑う。これが正道だから。これで、いいんだよ。
 でも何でだろう、泣けてくる。

 二人を見ているのも限界で。誤魔化して兄を促し、廊下へ逃げる。

「美緒……」

 兄に名前を呼ばれ、顔を上げる。高身長で、やや長めのサラサラした黒髪。整った顔立ち。成績優秀で、スポーツも得意。物凄くイケメンな、自慢の兄。血は繋がっていないけど。

 兄は優しい。私の茶番に、文句も言わずに付き合ってくれる。今も心配そうな顔をして、私を気遣ってくれている。

「大丈夫」

 呟いた。微笑んで見せる。兄は私が沼田さんの事を好きだと知っている。

 どうしたらいいんだろう。何で……こんな想いがあるんだろう。何度も何度も繰り返した自問を、心の内で唱える。



 そして、あの日が訪れる。夢で幾度となく経験した、この恋の終わる日。
 夢での私はその日、気持ちの整理がついた様子だった。でも……。

 今回の私は、凄く……その日を恐れている。今までとは違うのだ。前回の私が色々無茶をしたせいで、今回の私が彼を忘れられない寂しい人生を辿るのは……容易に想像できる。

 前回の人生で、彼と両想いになれた。だから今。余計に悲しいのだ。


 彼や兄、その友人らと一緒に遊びに来た遊園地の帰り際。土産物屋の店内で、沼田さんと二人きりになる。夢での私と同じように、彼を誘惑する。

 兄を振り向かせたいから不意打ちでキスをしようと企んでいるけど、キスした経験がないので練習相手になってほしいなどという理由を並べる。

 彼には取りつく島もなく断られる。そして私は身を引く。何度も見てきた場面を、今回も繰り返している。

「分かった、いいよ」

 振られるのは辛い。しかも……もう十分に味わってきたので、既に項垂れていた。足元の床を虚ろに眺めていた。

 …………。

「えっ?」

 あれ? これまでとは、違う答えが返ってきた?
 彼に視線を戻す。見つめる私の表情が、変だったのかもしれない。ふっと笑われた。

「何で驚くんだ? そっちから提案してきたんだろ?」

 えっと、あれ? おかしいな。このくだりは、私のお願いが却下されて終わる筈だった。幾度となく勇気を出して、その度に経験してきた失恋の思い出と……違う?

 手を引かれて傍へ寄る。頬の横で囁いてくる。

「明日、十時に。小学校の隣にある公園で待ち合わせな」

「えっ? えっと」

 戸惑う私をよそに、彼は楽しげだ。

「この事は……誰にも言ったらダメだからな?」

 口止めされた。言われるまでもなく。こんな事、話せる筈もない。

 本来と違うストーリー。主人公は、紛れもなく……自分のような気がした。



 クローゼットに付いている姿見の前に立ち、服装を確認する。今日は白い花模様の入った、くすんだ水色のワンピースを選んだ。髪もハーフアップにして、白い花の飾りが付いたヘアゴムで留めている。

 約束の時間より少し前に着くように家を出る。待ち合わせ場所は近所の公園。到着した時には、既に沼田さんの姿があった。私の今いる所より奥の、公園の端に設置されたベンチに座る人物を見定める。

 黒のズボンにカーキ色のシャツ、その上から黒のジャンパーを羽織った出で立ち。いつも整っている黒髪に……今日は珍しく、はねている箇所がある。

「お待たせしました」

 小走りに近付き、話し掛ける。それまで俯いていた彼が、顔を上げた。落ち着きのある、心地いい声が紡がれる。

「ああ、おはよう」

 笑い掛けてくれる。

「おはようございます」

 会えただけで嬉しくなって、私も笑顔で挨拶する。沼田さんが歩き出したので、後を追う。

「早速だけど、ちょっと行きたい所があって。今日は一日、大丈夫だよな?」

「大丈夫です」

 驚きつつ返事をする。どこに行くんだろう?

 日曜日の公園には子供たちが数人いて……鬼ごっこのような遊びをしている。昨日、彼に「キスの練習」を、お願いした訳だけど。ここですると、まずいのは分かる。

 公園のすぐ側に小学校があり、小学校に面した交通量の多い方の道路にバス停がある。そこからバスに乗り、目的地まで三十分ほど掛かった。私たちがいつも通っている高校に一番近いバス停を通り過ぎた……二つか三つ先のバス停で下車する。

 少し歩くと、見晴らしのいい場所へ出た。山の高い位置にある道路だったので、手すりより先の眼下には町が遠くまで続いている。大層、眺めがいい。柔らかい色合いの青空の下に、大きめの茶色い鳥が飛んでいる。鳥がいる位置は、ここから距離があって……ずっと先の方にある山との、ちょうど中間くらいかなと考えていた。

 南の方には海が見える。お祭りで上がる花火を眺めるなら、ここは最高のロケーションなんだろうな。

 余所見して歩いていたので、前を行く沼田さんが立ち止まっているのに気付けなかった。ぶつかってしまい謝る。

「わっ? すみません!」

 振り返っていた彼に、抱きつく体勢になっている。相手は私の腕を支え、立たせてくれた。

 「危なっかしいな」と、私へ向けられる笑顔に……胸が苦しくなる。彼の恋人、柚佳さんへではなく……今は、私を見てくれてる。

 小さな罪悪感を、心の隅へ追いやる。今日は、どうしても彼に近付きたかった。ずっと望んでいた事が、叶いそうな気配を感じている。

 ごめんなさい。柚佳さん、ごめんなさい。

 私は……過去の私の想いを。どうしても、捨てられなかった。


「ここ、来てみたかったんだ」

 沼田さんが指で示した方向にあったのは、三階建ての建物で。一階は駐車場、二階は喫茶店になっている。階段の横に置いてあるボードに、おすすめのメニューが書いてある。

 入店した。窓際の席へ案内される。
 窓が広くて、眼下の市街地を一望できる。午前中だからか……私たちのほかに、お客さんはいない。

「何にする?」

 沼田さんがメニュー表を見ながら聞いてくる。私はメニュー表に記されている複数のスイーツに目移りしていた。でもやっぱり……。

「ケーキセットにします!」

 決定して告げる。紅茶かコーヒーもしくはオレンジジュースと、日替わりケーキがセットになって。少しお得な価格になっている。

 沼田さんがテーブルに頬杖をついた格好で、こちらを見ている。私が視線を向けると、ニヤッと目を細めてきた。

「そっか。じゃあオレも、それにしよう」

 彼は嬉しそうな表情で……すぐに店員さんを呼び、注文してくれた。
 何だろう。沼田さんの笑顔が意味深に思えて、ドキドキしてしまう。

 ケーキセットを待っている間。頬杖をつき窓の外を眺めている彼の様子に、目を奪われていた。

 果実のケーキは美味だった。紅茶も飲み干す。
 沼田さんは既に、ケーキを食べ終えコーヒーも飲み終わっている。それまで口数少なく他愛ない会話をしていた私たちだけど、遂に例の話題に触れようとしている。

「まず確認しておく。練習相手は、オレでいいんだな? オレは柚佳が好きだし、あんたは篤が好きだ。これは紛れもない裏切りだけど、それでも?」

 問われて、心の内を探ってみる。もう何もせずに諦める選択肢は、選びたくなかった。頷いて見せる。

「沼田さんがいいです。お願いします。……沼田さんには、迷惑かけちゃいますね」

 申し訳なく思う。苦笑して目線を下に逸らす。

「分かった」

 彼の言葉を聞いて、顔を上げる。

「美緒が望むなら」

 沼田さんの瞳は、まっすぐに私へ向けられている。
 最終確認をされているような気がする。「一緒に堕ちる覚悟はあるのか?」と。

 彼が席を立ち、私の側へ来る。
 差し出された手に、自分の手を重ねた。
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