悪名高い天才外科医と一夜の艶事で愛を孕んだら──想定外の溺甘愛が待っていました
「あのっ」
そう思ったときにはほとんど同時に声をかけていた。
病室が並ぶ廊下には私と水瀬先生の姿しかなく、彼の視線はタブレット端末から真っ直ぐ私に向けられる。
初めて真っ向から視線が合って、緊張からか一瞬なにを言えばいいのかわからなくなった。
ちゃんとまとまってから言葉にすればいいものの、気持ちが先行して勢い任せに言葉を発してしまうときがある。私の直すべき悪い癖だ。
「なにか」
「あ……」
とりあえず名刺を出して取材を申し込もうとバッグに手を突っ込んだものの、ちょっと待てと思い留まる。
記者だと言って早々に警戒されるのは勿体ない。
せっかく患者の家族として潜入できているこの状況、焦らず、周辺の聞き込みから始めるのも手だ。
黙った私を、水瀬先生は顔色を変えずにじっと見つめてくる。
「昨日は、兄の処置をしていただき、ありがとうございました。私、ちょうど仕事中で、母から兄が緊急の手術になったと連絡があって驚いて」
今後のことも考え、とりあえず印象はよくしておこうと感じよく話しかけてみたものの、彼は端整な顔をぴくりとも動かさない。
大抵の人は、ここで『そうでしたか』とか反応するものだ。私が彼の立場なら間違いなくそうしている。
良心的な医師であれば、患者家族からそんな風に打ち明けられれば『それは驚かれましたよね』くらい言いそうなものだ。