本音を隠していた子 — 言えなかったほんとの気持ち —

第3話「おにいちゃん」

ホールに、全クラスの子どもたちが集まっていた。
月に一度の、合同の集まり。
小さい子たちから年長まで、みんなが同じ場所に集まる時間は、にぎやかで、少しだけ慌ただしい。

「年長さん、こっちだよー」

声をかけながら、私はクラスの子どもたちをまとめていく。 
そのときだった。

「……おにいちゃん」

小さな声が、聞こえた。
振り返ると、まだ幼さの残る男の子が、少し不安そうに立っていた。
きょろきょろと周りを見て、誰かを探している。
すると、

「ワク」

飛羽くんが、すっと近づいた。
その声は、いつもより少しだけ柔らかかった。

「なんでここ来てんの」

「……わかんなくなった」

羽空(わく)くんは小さくそう言って、飛羽くんの服の裾をぎゅっと掴んだ。その仕草が、年相応で。
思わず笑ってしまう。

——弟くん、か。

「ほら、あっち」

飛羽くんは周りを見て、すぐに方向を判断した。

「羽空のクラス、あそこにいるから」

「……うん」

でも羽空くんは、その場から動かない。
少しだけ、不安そうな顔。
飛羽くんは一瞬だけため息をついて、

「……ついてきて」

そう言って歩き出した。
羽空くんは慌ててその後を追う。
小さな手で、しっかりと飛羽くんの服を掴んだまま。
そのまま、二人は人の間をすり抜けていく。
迷いなく、まっすぐに。
やがて、ワクくんのクラスの先生が気づいて手を振った。

「あ、ワクくん!こっちだよー」

羽空くんはぱっと顔を上げて、飛羽くんを見た。

「……ありがとう、おにいちゃん」

その一言に、飛羽くんは少しだけ目を逸らして、

「べつに」

と、いつもの調子で返した。
でも、その後。
羽空くんの頭を、ぽん、と軽く撫でた。

「ちゃんと並べよ」

「……うん!」

嬉しそうに頷いて、羽空くんは先生の元へ駆けていった。
飛羽くんはそれを少しだけ見届けてから、何事もなかったように自分のクラスへ戻ってくる。

「トワくん」

思わず声をかけると、振り向いた。

「いまの、弟くんだね」

「そうだけど」

「優しいね」

そう言うと、飛羽くんは一瞬だけ眉をひそめた。

「……そんなの」

言いかけて、少しだけ間があく。

「……普通じゃん」

いつもと同じ言葉。
でも、

——さっき、撫でてた。

私はそれを、ちゃんと見ていた。

「そっか」

小さく、そう返した。
飛羽くんはそれ以上何も言わず、列の中へ入っていく。
前を向いて、背筋を伸ばして。
まるで、“年長さん”としての役割を果たすみたいに。

——この子はきっと、
ちゃんとお兄ちゃんなんだ。
しっかりしていて。

……だからこそ。

——少しだけ、気になった。

さっき、羽空くんの手を振りほどかなかったこと。
そして、その小さな手を、当たり前のように受け入れていたこと。

——本当は。
甘えられる場所が、必要なんじゃないかな。
そんなことを思いながら、私は飛羽くんの背中を見ていた。
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