ツンデレ男児 ― 本音を出したら、ちゃんと届いた ―

第9話「はじめて、気づいたこと」

——“いい子やってるだけ”

——“二歳の頃から、お兄ちゃん”

——“我慢もできる子で”

言葉が、頭の中で重なっていく。
教室の中で、トワくんは今日も変わらない。
誰かが困れば、先に気づいて、何も言わずに動く。
その姿は、やっぱり“できる子”で。
でも、今は違って見える。

——この子は、そうしてきただけ。

そう思った瞬間、胸の奥がぎゅっとした。

「これできなーい」

別の子の声に、トワくんがすぐ反応する。

「ここ、こうやるんだよ」

いつも通りの声。

でもその横顔を見ながら、

「トワくん」

呼びかける。

「なに?」

「ちょっと先生に任せて」

トワは一瞬だけ不思議そうな顔をした。

「……べつに、教えられるけど」

「うん、知ってるよ。でもこれは先生のお仕事だから」

やわらかく返す。

少しだけ間があって、

「……わかった」

制作の時間
子どもたちが自由に絵を描いている。 トワくんは、いつも通り丁寧に色を塗っていた。 はみ出さないように、静かに。 私は、その隣に座る。

「なに描いてるの?」

「……公園」

「そっか」

少しだけ覗き込む。 家族の絵だった。 小さな人が二人、大きな人が二人。 そして、少しだけ離れたところに、もう一人。

——トワくん、かな。

「これ、トワくん?」

「……うん」

「なんでちょっと離れてるの?」

何気なく聞いた。 トワくんは少しだけ手を止めて、

「……こっちの方が見やすいから」

と答えた。

その言葉に、胸が、きゅっとした。 その瞬間、ふっと、イメージが浮かぶ。 まだ小さいトワくん。二歳くらいの、小さな体。 隣には、泣いている赤ちゃん。母親はその子を抱いていて、父親は何かをしていて、トワくんは、少しだけ離れたところに立っている。泣いていない。何も言わない。 ただ、見ている。そんな絵だった。

 ——ぼくがやらなきゃ。

そんなふうに、まだ言葉にもならない思いで、“お兄ちゃん”になった子。

「トワくん」

気づけば、名前を呼んでいた。

「なに?」

いつもの返事。
でも、その奥にあるものを、今は知っている。

「ちょっと、いい?」

「……うん」

トワくんはペンを置いた。 私は、そっとその手を取る。 少しだけ、小さくて、少しだけ、冷たい手。

「いつも」

言葉を選びながら、続ける。

「いろいろやってくれてるよね。ありがとう」

「……べつに」

少しだけ、笑って言う。

「先生、ちゃんと見てるから」

トワくんは、何も言わない。
でも、目を逸らさなかった。

「トワくんも、やりたくないときは『やだ』って言っていいんだよ」

その一言に、トワくんの目が、少しだけ揺れた。
ほんの一瞬。

「……なんで?」

小さな声。

「ん?」

「……なんで、いいの?」

その問いが、この子の全部を表している気がした。

「だって」

私は、ゆっくり答える。

「トワくんは、まだ子どもだから」

当たり前のこと。
でも、この子には、少しだけ遠かった言葉。
トワくんは、何も言わなかった。
ただ、じっとこちらを見て、
それから、

「……うん」

小さく、そう言った。
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