なんでも解決!法律探偵団
不可解な殺人事件
――キーンコーンカーンコーン。
二時間目の授業が終わり、長い休み時間に入った頃、教室の一角で、何やら話し込む五人組が居た。
憲法ちゃん、刑法ちゃん、刑訴くん、民法くん、民訴ちゃん。
彼らは放課後密かに探偵団を運営しており、様々な未解決事件の真相を暴いている。現在は放課後に調査する事件について、話し合いをしている途中だ。
「これはまた不思議だね」
「だろ?」
刑法ちゃんの疑問に同意しながら、民法くんが目の前にある紙を指さす。そこには手書きで事件の内容が記されていた。
1.午後一時頃、南区街中で通行人の相沢未来さんが被害者三島祐介さんの遺体を発見。
2.三島さんの遺体に確認された外傷は打撲痕のみであった。
3.目撃証言によるとスマホを見ながら歩いていた三島さんは電柱に軽く頭をぶつけ、その直後に倒れ込んだ。
4.当時怪しい人物として周辺でガイコツを見たという通報が多くあった。
「うーん。電柱に軽く頭を打ったくらいで突然倒れてそのまま亡くなってしまうなんて有り得るのかしら」
刑法ちゃんが考えながら、手を顎に当てる。
「じゃあ、が、がいこつの仕業なんじゃ……」
おそるおそる刑訴くんが意見をし、みなを見回す。
「そんなわけないじゃない!そんなん誰かのいたずらに決まってる」
それに対してありえないと刑法ちゃんが突っぱねた。
「外傷が打撲の痕だけってことは、普通人が死ぬような傷は他に残ってなかったってことだよね?捜査の中で司法解剖とかされてないの?」
今度はひそかに聞いていた民訴ちゃんが疑問の声を上げる。
それを聞いた刑訴くんがさっきの不安そうな顔とは打って変わって、待ってましたと言わんばかりに返答した。
「三島さんが電柱にぶつけたとされる頭の場所と見つかった打撲痕の位置がほぼ一致したことから、警察は今回の出来事に不可解な点はあったものの、事件性は低いとして司法解剖をしなかったんだ」
【️刑事訴訟法168条 日常だとドラマなどでよく耳にする司法解剖。変死体などの事件性が高いとされる遺体について行われることが多い。裁判所の許可、許可状に基づいて医師(刑訴法上は鑑定人)が遺体の解剖を行う】
「そこで納得のいかない娘さんに調査の依頼をされたってわけ」
言いながら、刑法ちゃんが二人の間にひょいっと顔を割り込んで、得意げに告げる。
「娘さん?」
「うん。南校の生徒だって」
「まあ、そんな感じだ。とりあえずみんな内容を把握したことだし、今日の放課後に調査だな。いつもの時間でいいか?」
「うん!」
民法くんの取り決めに、約一名を除いて各々が頷く。
「おい、起きろ憲法。聞いてんのか」
「ふがっ。むにゃむにゃ。うんうん。ガイコツ調査のために放課後集合ね」
「なんも聞いてないわね」
呆れたようにガックリと肩を落とす刑法ちゃん。憲法ちゃんは探偵団のリーダーでありながら、毎回気だるげな様子で参加している。
「ま、いつものことか」
民法くんが苦笑いを浮かべ、それに皆が納得したところで、予鈴が鳴った。これにて一旦会議は終了し、それぞれが自分の席に戻る。
学校が終わり、初夏の日差しが照りつけるなか、公園に併設された東屋の下で会議が再開する。
「よおし刑訴がまだ来てないけどどうせ宿題終わんなくて親に怒られてるだけだろうから始めるか」
民法くんの合図とともに他の二人がそちらに目を向けて頷く。約一名は上を向いて寝る準備に入ったけれど、いつものことなので誰も構わず会議は開始された。
「まず調査したいのは南区の遺体発見場所だよな」
「そうね。でも結構前の事件だから捜査機関の捜査は終わってるし、今はもう何も残ってない。ショッピングモールまでの通過点だから何度も通ったことあるし」
民法くんの提案に刑法ちゃんが意見する。
「確かにな今じゃ警察もほとんど動いてないし、地元でもそんなことあったねってくらいだ」
「発見者の相沢さんって人はどこにいるか分からないの?」
二人の会話に民訴ちゃんが柔らかな声で口を挟んだ。
「確かに今は相沢さんの情報は何もないけれど、調べてみるのはありね。娘さんなら何か知っているかもしれない」
「そうと決まればさっそく娘さんに聞き込みだね」
口にしながら、さっと立ち上がった民訴ちゃんに制止の声が入る。
「まだ刑訴が来てないから今いなくなると流石にはぐれそうだしまずいんじゃないか」
「あ、そっか」
「いいわよ。連絡入れておくわ。場所も送っておくから、そのうち来るでしょ」
「それもそうだな。ところで刑法、その娘さんに連絡とれたのか?話を聞くならまずそっちと連絡を取らないと」
「ふんっ。私を誰だと思ってるの」
鼻を鳴らしながら、刑法ちゃんが差し出したスマホの画面には幾つかの確認をとるメッセージと、最後には、"ショッピングモール集合でもいい?"の文字。
「わあっ刑法ちゃんすごい!もう約束取り付けてる」
「みんなで話してる間に連絡しておいたの。話を聞く許可は取れたから、集合場所の南モールに向かうわよ」
褒められて少し照れくさそうな顔をしながら、刑法ちゃんが民訴ちゃんの腕を引く。
「あ、あと一つ問題が残ってるんだけどさ、こいつ連れてく?」
そう言って、民法くんが指をさした先には、仰向けになっていびきをかく憲法ちゃんがいた。かなり気持ちよさそうに眠っている。
「面倒だけど、いくらなんでもおいていくのはまずいわよね」
「そりゃそうか……おい、起きろ憲法」
「んえ?」
声をかけられ、腑抜けた声を発しながら目を覚ます憲法ちゃん。
「今から例の事件の被害者娘さんに話を聞きに行くんだ」
「あれ?ガイコツの調査はどこ行ったの」
「誰もガイコツの調査なんてしてねえよ」
「ほんと、憲法ちゃんといるとなんだか気が抜けちゃうわね」
刑法ちゃんのツッコミに二人ともがそろって、共感の微笑みを返し、仕方なく四人でショッピングモールへ向かった。
「どうも法律探偵団のリーダーの憲法です。わざわざ来ていただいてありがとうございます」
そう言って憲法ちゃんが頭を下げると、目の前にいた三つ編みにセーラー服姿の女性がとっさにかぶりを振る。
「いえいえとんでもない。もとはといえば私が依頼したことなので、できることならなんでも協力します。私、三島あかりといいます。よろしくお願いします」
「憲法って外面だけはしっかりしてんだよなあ」
こそっと民法くんが独り言を漏らす。
「ほんとに。普段あんなにしっかりしてるとこ見たことないわよ」
「ま、まあ今しっかりしてるならいいんじゃ」
「そうだけど……」
話しながら何となく皆でショッピングモール入口付近の外ベンチに座っていると、今まで憲法ちゃんと向き合っていたあかりさんが、すっと刑法ちゃんのほうを向いて駆け寄ってくる。
「刑法ちゃん!ほんっとに私の依頼を受けてくれてありがとね。もう一回お礼を言いたくて」
「い、いや、そんな。何でも解決するのが法律探偵団だから」
その勢いに少し圧倒された様子で答える刑法ちゃん。
「それでもだよ。私刑法ちゃんが私のためにこうしてくれることがすごく嬉しいの」
「刑法ちゃんって、あかりさんと元々仲いいの?」
二人の関係性に疑問を持った民訴ちゃんが刑法ちゃんに質問を投げかけた。
それについて、あかりさんが刑法ちゃんの隣のベンチに座って、口を開く。
「君は民訴ちゃんでお隣は民法くんだよね。刑法ちゃんから聞いてるよ。んー、刑法ちゃんと私の最初の出会いはね、光の森公園で……」
「だあああああああ!!!」
あかりさんの話を遮るようにして突然刑法ちゃんが大声を上げた。それに民法くんを筆頭に周りの人たちも軽く驚いたようで、ちらほらと視線を集めている。
「うわっびっくりした……どうしたんだ急にそんな大声出して」
「い、いやなんでもない……あ、あかりちゃんその話は……」
注目を浴びた恥ずかしさからか、口元を抑えながらうつむきがちに何かを抗議する刑法ちゃん。しかしその甲斐むなしくあかりさんは話の続きをつらつらと述べていく。
「昔光の森公園で昔刑法ちゃんがお友達の輪に入れずに一人で泣いてたことがあってね。その時私が声をかけたの。そしたら公園で会うたびにあかりちゃんあかりちゃんって言いながら話しかけに来るようになったんだ。そんな感じで今では友達ってわけ。いやーあの時の刑法ちゃんはかわいかったなあ。あ、もちろん今もかわいいけどね?」
「ええ!今の刑法ちゃんのイメージと全然違う!普段すごいクールな感じなのに、ちっちゃいころの刑法ちゃんかわいいー」
「へえーいいこと聞いたな。顔真っ赤だぞ。かわいい刑法ちゃん」
刑法ちゃんの昔の話を聞いてギャップに驚く民訴ちゃんと、にやにやしながらいじる民法くん。
「あー!うるさいうるさい!早く事件解決の話聞くよ!」
「そうだった。刑法ちゃんに会ってつい話し過ぎちゃった。何について聞きたいの?」
口元に手を当ててくすっと笑うと、あかりさんは少し視線を足元に向けた。
「あかりちゃんは第一発見者の相沢さんについて何か知ってることはある?」
刑法ちゃんの質問に、あかりさんが足をぶらぶらと揺らしながら答える。
「相沢さんとは少し前から面識があって、彼女は南区二丁目にある美容院の店長をしてるよ。実は私の今の髪の毛も相沢さんに切ってもらったの」
少し自慢げにミディアムヘアーを持ち上げる。それに反射した夕方の太陽光が、刑法ちゃんの目に飛び込んだ。
「絶対に私たちが真相を解明するからね」
「どうしたの急に。もう刑法ちゃんたちがすごく真剣に考えてくれてることはわかってるよ」
「ほ、他には何かおかしなこととかなかったですか。相沢さんについてじゃなくても」
感動モードを始めた二人の間に、恐る恐る民訴ちゃんが話の続きを投げ入れる。
「んー。ああっ、そういえば事件の時、ガイコツを見たっていううわさがあったみたいで、相沢さんもそれらしいものを見たって言ってたなあ。不思議な話だけど、あの人が噓つくとは思えないし」
「ええっ!その話やっぱり本当だったんだ!」
いきなりとびこんできた今まで無かった声に全員がそちらを振り向く。
「遅刻刑訴が来たぞー」
「ご、ごめん。宿題終わってからじゃないと遊びに行っちゃだめって言われちゃって」
「やっぱり予想通りかー」
「でも来る途中でこんなの拾ったんだ。ほら」
そう言って開かれた刑訴くんの手のひらには、ガイコツの形をしたバッヂが横たわっていた。
「なにこれ」
「いや、なんかガイコツの話聞いてたから、事件に関係ありそうだなとか思って」
「そんなわけないでしょ。そのまま取ったら横領だから後で交番に届けなさいよ」
【刑法254条 落し物などを自分のものにすると、遺失物等横領罪になる。窃盗罪との違いは、物を取ったときに所有者の手元にあった(占有があった)かどうか。他にも単純横領罪(同法252条)、業務上横領罪(同法253条)がある】
「ま、まあそのまま二十年持ち続ければ、法律上は自分のものに……」
【民法162条 割と有名な時効についての規定。他の人の物を他人の物と知らずに持っていた(平穏かつ公然に占有)場合は、十年。他人のものと知ってそれをしていた場合には二十年間他人の物を持っていると、それは自分のものになる。ただし時効の援用(相手にこのことを伝える等々)が必要。(同法145条)】
「あんたはちょっと黙ってなさいよ」
「す、すんません……」
余計な口をはさむ民法くんに刑法ちゃんが制止する。すると、とつぜん辺りに笑い声が響き渡った。
「ごめん。なんかあんなに人見知りだった刑法ちゃんがこんな風に友達と話してるとこ見たら成長したなって感動しちゃって。嬉しさで笑いが込み上げてきちゃった」
「あかりちゃん……」
「私から話せることはもうないかな。よいしょっ」
そう言うとあかりさんはベンチから立ち上がって、ショッピングモール入口にあった自動販売機のもとへ向かった。
「はいっ!あげる!」
両腕いっぱいに抱えた五本の缶をみんなに配り始めたあかりさん。
「これは私からのちょっとしたお礼。みんなで飲んで。一人一本ずつね」
にかっと笑った後で、彼女が刑法ちゃんの肩をぽんぽんと軽く押す。
「次はこの流れだと相沢さんに会いに行くんでしょ?ほら行った行った。早くしないと放課後なんてすぐに時間なくなっちゃうよ」
「うん!また時間あるとき遊ぼうね。相沢さんのところ行ってくる!」
「もちろんだよ!いってらっしゃい探偵さん」
叫びながら手を振る刑法ちゃんに続いて、民法くん、民訴ちゃん、刑訴くんも手を振り、最後に憲法ちゃんが軽く会釈をした。
ショッピングモールを後にする五人を眺めながら、あかりさんがぎゅっと唇をかむ。
「刑法ちゃんならほんとに事件を解決しちゃったりして。そしたらお父さんも……」
放たれた独り言は、喧騒の内でたった一人、彼女の心の中でこだました。
「バニラポタージュ……ってなんだよ」
相沢さんの美容院の道中、あかりさんに貰った缶ジュースの表記を見ながら首を傾げる民法くん。
「甘くて温かいんだよ」
それだけを言って躊躇なくバニラポタージュを飲み干す刑法ちゃんに民法くんが苦笑いを浮かべる。
「こういうのは試してみないと分からないよね」
それに触発されたのか、憲法ちゃんもプルタブを開け、口を付け始めた。
「なるほど、甘くてあったかい」
彼女がうししっと豪快に歯を見せ、それに続いて刑訴くん、民訴ちゃんもバニラポタージュを飲み始めた。
「うっ」
「……」
瞬間、二人が同時に口を抑え、下を向く。
「ほら、二人も美味しいって言ってる。民法も早く飲んだら?」
刑法ちゃんが煽り気味に、顔を傾け、缶を勧める。
「どこをどう見たらそうなるんだよ!」
「いいから飲みなさいよ、ほら」
「うおっ」
「……」
顔を真っ青にして、首を横に振る民法くん。何とかそれ飲み込んで、弱々しく言葉を放つ。
「も、貰ったもので言うのもなんだけど、あかりさんちょっと味覚おかしいんじゃ……」
「はあ!?あかりちゃんのことバカにすんの!?あかりちゃんに対する侮辱罪で告発してやるわよ!」
民法くんの発言に怒り奮闘する刑法ちゃんが勢いで、民法くんが口をつけたバニラポタージュを飲み干す。
「侮辱罪!」
「あ、間接ちっすしたー」
「うるせえ憲法!なんで刑法は勝手に俺のバニラポタージュ飲んでんだよ!」
「え、だって要らないんでしょ?」
「いや、そうだけど……」
顔を真っ赤にして、民法くんが抗議したところで、道の少し先に相沢美容院の看板が姿を見せた。
二時間目の授業が終わり、長い休み時間に入った頃、教室の一角で、何やら話し込む五人組が居た。
憲法ちゃん、刑法ちゃん、刑訴くん、民法くん、民訴ちゃん。
彼らは放課後密かに探偵団を運営しており、様々な未解決事件の真相を暴いている。現在は放課後に調査する事件について、話し合いをしている途中だ。
「これはまた不思議だね」
「だろ?」
刑法ちゃんの疑問に同意しながら、民法くんが目の前にある紙を指さす。そこには手書きで事件の内容が記されていた。
1.午後一時頃、南区街中で通行人の相沢未来さんが被害者三島祐介さんの遺体を発見。
2.三島さんの遺体に確認された外傷は打撲痕のみであった。
3.目撃証言によるとスマホを見ながら歩いていた三島さんは電柱に軽く頭をぶつけ、その直後に倒れ込んだ。
4.当時怪しい人物として周辺でガイコツを見たという通報が多くあった。
「うーん。電柱に軽く頭を打ったくらいで突然倒れてそのまま亡くなってしまうなんて有り得るのかしら」
刑法ちゃんが考えながら、手を顎に当てる。
「じゃあ、が、がいこつの仕業なんじゃ……」
おそるおそる刑訴くんが意見をし、みなを見回す。
「そんなわけないじゃない!そんなん誰かのいたずらに決まってる」
それに対してありえないと刑法ちゃんが突っぱねた。
「外傷が打撲の痕だけってことは、普通人が死ぬような傷は他に残ってなかったってことだよね?捜査の中で司法解剖とかされてないの?」
今度はひそかに聞いていた民訴ちゃんが疑問の声を上げる。
それを聞いた刑訴くんがさっきの不安そうな顔とは打って変わって、待ってましたと言わんばかりに返答した。
「三島さんが電柱にぶつけたとされる頭の場所と見つかった打撲痕の位置がほぼ一致したことから、警察は今回の出来事に不可解な点はあったものの、事件性は低いとして司法解剖をしなかったんだ」
【️刑事訴訟法168条 日常だとドラマなどでよく耳にする司法解剖。変死体などの事件性が高いとされる遺体について行われることが多い。裁判所の許可、許可状に基づいて医師(刑訴法上は鑑定人)が遺体の解剖を行う】
「そこで納得のいかない娘さんに調査の依頼をされたってわけ」
言いながら、刑法ちゃんが二人の間にひょいっと顔を割り込んで、得意げに告げる。
「娘さん?」
「うん。南校の生徒だって」
「まあ、そんな感じだ。とりあえずみんな内容を把握したことだし、今日の放課後に調査だな。いつもの時間でいいか?」
「うん!」
民法くんの取り決めに、約一名を除いて各々が頷く。
「おい、起きろ憲法。聞いてんのか」
「ふがっ。むにゃむにゃ。うんうん。ガイコツ調査のために放課後集合ね」
「なんも聞いてないわね」
呆れたようにガックリと肩を落とす刑法ちゃん。憲法ちゃんは探偵団のリーダーでありながら、毎回気だるげな様子で参加している。
「ま、いつものことか」
民法くんが苦笑いを浮かべ、それに皆が納得したところで、予鈴が鳴った。これにて一旦会議は終了し、それぞれが自分の席に戻る。
学校が終わり、初夏の日差しが照りつけるなか、公園に併設された東屋の下で会議が再開する。
「よおし刑訴がまだ来てないけどどうせ宿題終わんなくて親に怒られてるだけだろうから始めるか」
民法くんの合図とともに他の二人がそちらに目を向けて頷く。約一名は上を向いて寝る準備に入ったけれど、いつものことなので誰も構わず会議は開始された。
「まず調査したいのは南区の遺体発見場所だよな」
「そうね。でも結構前の事件だから捜査機関の捜査は終わってるし、今はもう何も残ってない。ショッピングモールまでの通過点だから何度も通ったことあるし」
民法くんの提案に刑法ちゃんが意見する。
「確かにな今じゃ警察もほとんど動いてないし、地元でもそんなことあったねってくらいだ」
「発見者の相沢さんって人はどこにいるか分からないの?」
二人の会話に民訴ちゃんが柔らかな声で口を挟んだ。
「確かに今は相沢さんの情報は何もないけれど、調べてみるのはありね。娘さんなら何か知っているかもしれない」
「そうと決まればさっそく娘さんに聞き込みだね」
口にしながら、さっと立ち上がった民訴ちゃんに制止の声が入る。
「まだ刑訴が来てないから今いなくなると流石にはぐれそうだしまずいんじゃないか」
「あ、そっか」
「いいわよ。連絡入れておくわ。場所も送っておくから、そのうち来るでしょ」
「それもそうだな。ところで刑法、その娘さんに連絡とれたのか?話を聞くならまずそっちと連絡を取らないと」
「ふんっ。私を誰だと思ってるの」
鼻を鳴らしながら、刑法ちゃんが差し出したスマホの画面には幾つかの確認をとるメッセージと、最後には、"ショッピングモール集合でもいい?"の文字。
「わあっ刑法ちゃんすごい!もう約束取り付けてる」
「みんなで話してる間に連絡しておいたの。話を聞く許可は取れたから、集合場所の南モールに向かうわよ」
褒められて少し照れくさそうな顔をしながら、刑法ちゃんが民訴ちゃんの腕を引く。
「あ、あと一つ問題が残ってるんだけどさ、こいつ連れてく?」
そう言って、民法くんが指をさした先には、仰向けになっていびきをかく憲法ちゃんがいた。かなり気持ちよさそうに眠っている。
「面倒だけど、いくらなんでもおいていくのはまずいわよね」
「そりゃそうか……おい、起きろ憲法」
「んえ?」
声をかけられ、腑抜けた声を発しながら目を覚ます憲法ちゃん。
「今から例の事件の被害者娘さんに話を聞きに行くんだ」
「あれ?ガイコツの調査はどこ行ったの」
「誰もガイコツの調査なんてしてねえよ」
「ほんと、憲法ちゃんといるとなんだか気が抜けちゃうわね」
刑法ちゃんのツッコミに二人ともがそろって、共感の微笑みを返し、仕方なく四人でショッピングモールへ向かった。
「どうも法律探偵団のリーダーの憲法です。わざわざ来ていただいてありがとうございます」
そう言って憲法ちゃんが頭を下げると、目の前にいた三つ編みにセーラー服姿の女性がとっさにかぶりを振る。
「いえいえとんでもない。もとはといえば私が依頼したことなので、できることならなんでも協力します。私、三島あかりといいます。よろしくお願いします」
「憲法って外面だけはしっかりしてんだよなあ」
こそっと民法くんが独り言を漏らす。
「ほんとに。普段あんなにしっかりしてるとこ見たことないわよ」
「ま、まあ今しっかりしてるならいいんじゃ」
「そうだけど……」
話しながら何となく皆でショッピングモール入口付近の外ベンチに座っていると、今まで憲法ちゃんと向き合っていたあかりさんが、すっと刑法ちゃんのほうを向いて駆け寄ってくる。
「刑法ちゃん!ほんっとに私の依頼を受けてくれてありがとね。もう一回お礼を言いたくて」
「い、いや、そんな。何でも解決するのが法律探偵団だから」
その勢いに少し圧倒された様子で答える刑法ちゃん。
「それでもだよ。私刑法ちゃんが私のためにこうしてくれることがすごく嬉しいの」
「刑法ちゃんって、あかりさんと元々仲いいの?」
二人の関係性に疑問を持った民訴ちゃんが刑法ちゃんに質問を投げかけた。
それについて、あかりさんが刑法ちゃんの隣のベンチに座って、口を開く。
「君は民訴ちゃんでお隣は民法くんだよね。刑法ちゃんから聞いてるよ。んー、刑法ちゃんと私の最初の出会いはね、光の森公園で……」
「だあああああああ!!!」
あかりさんの話を遮るようにして突然刑法ちゃんが大声を上げた。それに民法くんを筆頭に周りの人たちも軽く驚いたようで、ちらほらと視線を集めている。
「うわっびっくりした……どうしたんだ急にそんな大声出して」
「い、いやなんでもない……あ、あかりちゃんその話は……」
注目を浴びた恥ずかしさからか、口元を抑えながらうつむきがちに何かを抗議する刑法ちゃん。しかしその甲斐むなしくあかりさんは話の続きをつらつらと述べていく。
「昔光の森公園で昔刑法ちゃんがお友達の輪に入れずに一人で泣いてたことがあってね。その時私が声をかけたの。そしたら公園で会うたびにあかりちゃんあかりちゃんって言いながら話しかけに来るようになったんだ。そんな感じで今では友達ってわけ。いやーあの時の刑法ちゃんはかわいかったなあ。あ、もちろん今もかわいいけどね?」
「ええ!今の刑法ちゃんのイメージと全然違う!普段すごいクールな感じなのに、ちっちゃいころの刑法ちゃんかわいいー」
「へえーいいこと聞いたな。顔真っ赤だぞ。かわいい刑法ちゃん」
刑法ちゃんの昔の話を聞いてギャップに驚く民訴ちゃんと、にやにやしながらいじる民法くん。
「あー!うるさいうるさい!早く事件解決の話聞くよ!」
「そうだった。刑法ちゃんに会ってつい話し過ぎちゃった。何について聞きたいの?」
口元に手を当ててくすっと笑うと、あかりさんは少し視線を足元に向けた。
「あかりちゃんは第一発見者の相沢さんについて何か知ってることはある?」
刑法ちゃんの質問に、あかりさんが足をぶらぶらと揺らしながら答える。
「相沢さんとは少し前から面識があって、彼女は南区二丁目にある美容院の店長をしてるよ。実は私の今の髪の毛も相沢さんに切ってもらったの」
少し自慢げにミディアムヘアーを持ち上げる。それに反射した夕方の太陽光が、刑法ちゃんの目に飛び込んだ。
「絶対に私たちが真相を解明するからね」
「どうしたの急に。もう刑法ちゃんたちがすごく真剣に考えてくれてることはわかってるよ」
「ほ、他には何かおかしなこととかなかったですか。相沢さんについてじゃなくても」
感動モードを始めた二人の間に、恐る恐る民訴ちゃんが話の続きを投げ入れる。
「んー。ああっ、そういえば事件の時、ガイコツを見たっていううわさがあったみたいで、相沢さんもそれらしいものを見たって言ってたなあ。不思議な話だけど、あの人が噓つくとは思えないし」
「ええっ!その話やっぱり本当だったんだ!」
いきなりとびこんできた今まで無かった声に全員がそちらを振り向く。
「遅刻刑訴が来たぞー」
「ご、ごめん。宿題終わってからじゃないと遊びに行っちゃだめって言われちゃって」
「やっぱり予想通りかー」
「でも来る途中でこんなの拾ったんだ。ほら」
そう言って開かれた刑訴くんの手のひらには、ガイコツの形をしたバッヂが横たわっていた。
「なにこれ」
「いや、なんかガイコツの話聞いてたから、事件に関係ありそうだなとか思って」
「そんなわけないでしょ。そのまま取ったら横領だから後で交番に届けなさいよ」
【刑法254条 落し物などを自分のものにすると、遺失物等横領罪になる。窃盗罪との違いは、物を取ったときに所有者の手元にあった(占有があった)かどうか。他にも単純横領罪(同法252条)、業務上横領罪(同法253条)がある】
「ま、まあそのまま二十年持ち続ければ、法律上は自分のものに……」
【民法162条 割と有名な時効についての規定。他の人の物を他人の物と知らずに持っていた(平穏かつ公然に占有)場合は、十年。他人のものと知ってそれをしていた場合には二十年間他人の物を持っていると、それは自分のものになる。ただし時効の援用(相手にこのことを伝える等々)が必要。(同法145条)】
「あんたはちょっと黙ってなさいよ」
「す、すんません……」
余計な口をはさむ民法くんに刑法ちゃんが制止する。すると、とつぜん辺りに笑い声が響き渡った。
「ごめん。なんかあんなに人見知りだった刑法ちゃんがこんな風に友達と話してるとこ見たら成長したなって感動しちゃって。嬉しさで笑いが込み上げてきちゃった」
「あかりちゃん……」
「私から話せることはもうないかな。よいしょっ」
そう言うとあかりさんはベンチから立ち上がって、ショッピングモール入口にあった自動販売機のもとへ向かった。
「はいっ!あげる!」
両腕いっぱいに抱えた五本の缶をみんなに配り始めたあかりさん。
「これは私からのちょっとしたお礼。みんなで飲んで。一人一本ずつね」
にかっと笑った後で、彼女が刑法ちゃんの肩をぽんぽんと軽く押す。
「次はこの流れだと相沢さんに会いに行くんでしょ?ほら行った行った。早くしないと放課後なんてすぐに時間なくなっちゃうよ」
「うん!また時間あるとき遊ぼうね。相沢さんのところ行ってくる!」
「もちろんだよ!いってらっしゃい探偵さん」
叫びながら手を振る刑法ちゃんに続いて、民法くん、民訴ちゃん、刑訴くんも手を振り、最後に憲法ちゃんが軽く会釈をした。
ショッピングモールを後にする五人を眺めながら、あかりさんがぎゅっと唇をかむ。
「刑法ちゃんならほんとに事件を解決しちゃったりして。そしたらお父さんも……」
放たれた独り言は、喧騒の内でたった一人、彼女の心の中でこだました。
「バニラポタージュ……ってなんだよ」
相沢さんの美容院の道中、あかりさんに貰った缶ジュースの表記を見ながら首を傾げる民法くん。
「甘くて温かいんだよ」
それだけを言って躊躇なくバニラポタージュを飲み干す刑法ちゃんに民法くんが苦笑いを浮かべる。
「こういうのは試してみないと分からないよね」
それに触発されたのか、憲法ちゃんもプルタブを開け、口を付け始めた。
「なるほど、甘くてあったかい」
彼女がうししっと豪快に歯を見せ、それに続いて刑訴くん、民訴ちゃんもバニラポタージュを飲み始めた。
「うっ」
「……」
瞬間、二人が同時に口を抑え、下を向く。
「ほら、二人も美味しいって言ってる。民法も早く飲んだら?」
刑法ちゃんが煽り気味に、顔を傾け、缶を勧める。
「どこをどう見たらそうなるんだよ!」
「いいから飲みなさいよ、ほら」
「うおっ」
「……」
顔を真っ青にして、首を横に振る民法くん。何とかそれ飲み込んで、弱々しく言葉を放つ。
「も、貰ったもので言うのもなんだけど、あかりさんちょっと味覚おかしいんじゃ……」
「はあ!?あかりちゃんのことバカにすんの!?あかりちゃんに対する侮辱罪で告発してやるわよ!」
民法くんの発言に怒り奮闘する刑法ちゃんが勢いで、民法くんが口をつけたバニラポタージュを飲み干す。
「侮辱罪!」
「あ、間接ちっすしたー」
「うるせえ憲法!なんで刑法は勝手に俺のバニラポタージュ飲んでんだよ!」
「え、だって要らないんでしょ?」
「いや、そうだけど……」
顔を真っ赤にして、民法くんが抗議したところで、道の少し先に相沢美容院の看板が姿を見せた。


