原始の湖畔、サファイアの瞳
 ーーまた別の日。

 二人の静かな生活を切り裂くように、再び狼の群れが牙を剥いた。
 少年は『白』を湖へと逃がすと、折れかけた石槍を構え、食うか食われるかの狂気へと身を投じる。

 牙が肉を裂き、爪が皮を剥ぐ。 痛みに呻きながらも、少年は槍を振り続けた。
 その最中、少年の心には幾つもの「痛み」が濁流のように押し寄せていた。

 裏切られるような悲しみの痛み。 彼女を愛おしむ、甘く切ない痛み。
 奪おうとする者たちへの、怒り狂う痛み。

 そして、いつか彼女が去ってしまうのではないかという、見えない不安の痛み。

 同じ形をした人間という動物が嫌になり、四本足の獣からも命を狙われる。
 少年の中で、いつしか彼女以外のすべての生き物が、醜く、おぞましいものに映っていた。

 それでも、世界は巡る。

 日差しが降り注ぐ眩しい朝、冷たい雨が世界を閉ざす暗い一日。

 そして、すべてを優しく包み込む、あんず色に染まる夕方。
  傷だらけの少年と、純白の翼。

 二人は幾度となく巡る毎日を、この湖のほとりで、ただ静かに身を寄せ合って過ごすのであった。
< 11 / 17 >

この作品をシェア

pagetop