御曹司はただの同期のはずだったのに
言葉が出てこない。

理人は急かさない。

ただ静かに、答えを待っている。

その視線に捕まったまま、私は唇を開く。

「……そんなの」

否定しようとして、声が途切れる。

(どうして)

どうして、この人の前だと、こんなにも弱くなるの。

夜の静けさの中で、二人の距離だけが濃くなる。

もう、ただの同期には戻れない。

そんな予感だけが、はっきりと胸に残っていた。

エレベーターの中は、静かだった。

上昇する機械音だけが、やけに大きく響く。

隣に立つ理人は何も言わない。

私も、何も言えない。

さっきの言葉が、まだ胸の中に残っている。

――俺が通ってもいい?

その意味を、考えないようにしても、消えてくれない。

階数表示が一つずつ上がっていくたびに、逃げ場が減っていく気がした。

(……引き返せばいいのに)

そう思うのに、足は動かない。
< 19 / 150 >

この作品をシェア

pagetop