『顔も見たくない』と振られた御曹司に十年越しで執着されていました
プロローグ
初めて会った男性とふたりで酒を飲み、酔った勢いで一夜の関係を結ぶ。これまでの自分なら絶対にとらない行動だった。
 でも、紗月(さつき)はホテルの一室で男性とふたりきりになっている。

「今からでもいい。無理なら、言って」

 窓辺に立っていた紗月は、近づいてきた彼に低い声で覚悟を問われる。

「無理じゃない……」

 逃げ場を用意されても、不思議とこの場から去りたいとは思わなかった。

 絞り出すような声が零れた瞬間、腰に彼の腕が回った。ぐっと引き寄せられる感覚に、心臓が大きく跳ねた。抗う間もなく、紗月はそのままベッドへと導かれていく。

「あ……」

「……ごめん」

 囁くような声とともに、身体が倒れた。柔らかなマットレスが背中を受け止め、視界が天井を映し出したと思うと大きな体が覆いかぶさっていた。

 目を合わせるのもためらってしまうほど整った容姿の男性とは、数時間前に知り合ったばかり。それなのに紗月は、彼になら身を任せてもいいと感じていた。

「もう、止められない」

 どこか葛藤を滲ませた彼の声色に、紗月の胸は切なく震えた。

「いいよ……」

 そう答えて、紗月は彼に身を委ねた。

 今日この人に出会えたのは、きっと間違いではなく、意味があったのだ。

 彼に肌を慈しまれ、求められるうちに、鑢をかけたようにざらついていた紗月の気持ちは、確かに癒されていったのだから。

 だから、後悔はしないと思っていた。――翌朝、この人の正体を知るまでは。

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