『顔も見たくない』と振られた御曹司に十年越しで執着されていました
1.二度と会わないつもりだったのに
「仕事ばかりしていたら嫌になるだろう? 僕が気分転換させてあげるよ」

 時刻は二十時。人気のないオフィスでパソコンにかじりついていた永井(ながい)紗月は、後ろに立った男に肩を撫で回され、悲鳴が出そうになった。

「課長、冗談はやめてください」

 跳ねるように立ち上がって睨みつけた紗月に向かってニヤニヤと笑ったのは上司である経理課長の坂本(さかもと)だ。

「永井はもう二十八だろう。男を知らないわけでもあるまいし、もったいぶらなくてもいい。このあと付き合ってくれるなら、業務量を調整してやるよ」

 父親ほどの年齢の男から舐めるような視線を浴び、全身に鳥肌が立つ。

「お断りします」

 はっきり言い返すと、坂本は脂肪のついた顔を醜く歪ませる。

「へぇ、そんなに仕事が好きならもっと回してやるよ。お前のやっているのは、誰でもできる経理処理だからどれだけ増えても構わないだろう」

(そんな……)

 怒りと虚しさと気持ち悪さで、なにも言葉が出てこない。

 体が震え始めたそのとき、他部署の社員がオフィスのカウンターに立った。

「遅くにすみません、経費精算のやり方で聞きたいことがあるんですけど……」
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