『顔も見たくない』と振られた御曹司に十年越しで執着されていました
 背中に添えられた手の力は柔らかいのになぜか逆らえない。促されるように紗月はそのまま一歩を踏み出した。

 高層階の奥の部屋の中は広く、落ち着いた色調で整えられていた。

 洗練された調度品も初めて見るようなものなのに、紗月にそれを確認して回る余裕はなかった。どう振る舞えばいいのかわからず、肩に掛けたバッグの持ち手を無意識に握りしめる。

「バッグ、そこに置いておこうか」

 スーツのジャケットを脱ぎ、ネクタイを外した大須賀はこちらに近づき、紗月の肩からバッグを外すと、上品な光沢を帯びたソファーの上に置いた。

 紗月は、ふわふわとした足取りで窓辺へ寄る。眼下には東京の夜景が無数の光を放っていて思わず目を奪われた。

「眺めがいいな」

 そう言ったのは大須賀だった。紗月が小さくうなずいたその瞬間、不意に背後から気配が近づいた。

 肩越しに彼の腕が伸び、窓辺のカーテンを引いた。夜景が遮られ、室内の柔らかな照明の存在感が増す。

 逃げ場を失ったような感覚に、紗月が息を詰め振り返ると、大須賀はすぐそばに立っていた。落ち着きはそのままなのに、目の奥にだけはっきりとした熱があった。
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