『顔も見たくない』と振られた御曹司に十年越しで執着されていました
 いつの間に呼んでいたのか、店先にはタクシーが待っており、彼は紗月を先に乗せる。隣に腰を下ろされた瞬間、肩が触れ合い、小さく心臓が跳ねた。

 車が走り出すと、窓の外の街灯が流れていく。紗月はなにも言えず、ただ膝の上に置いた手を見つめていると、不意にその手に彼の指先が重なった。握りしめるでもなく、離すでもないその距離がやけにこそばゆく感じ、胸の奥がじんわりと熱を帯びていく。

 やがて車は、有楽町の静かな一角で止まった。

 彼にエスコートされて足を踏み入れたのは紗月も名前だけは知っている超が付く外資系のラグジュアリーホテルだった。

 ロビーの高い天井から落ちる柔らかな光は、どこか重みを帯びていて、華やかというよりも品格を感じさせた。柔らかな照明に照らされた大理石の床は磨き上げられていて、完璧に整えられていた。

(私、やっぱり夢を見てるのかな……)

 別世界に迷い込んだかのような不安を感じ、紗月は「あの」と口を開いた。

 だが、大須賀はすでに手続きを終えていて、こちらを見て静かに微笑む。場違いな紗月と違い、彼はこの空間に自然と馴染んでいた。

「行こうか」
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