『顔も見たくない』と振られた御曹司に十年越しで執着されていました
 黒いスーツの背中に視界を遮られ、紗月は目を瞬かせる。すると前に立った人物が軽く体をこちらに向けた。

「紗月、お疲れさま」

 坂本から紗月を守るように立っていたのは、航生だった。

「島く……」

「待ってたのに、こないから心配したよ」

 不意に現れた上に名前まで呼ばれ、驚きのあまり声が出ない。彼は柔らかく笑い、紗月の肩を引き寄せてきた。

「誰だあんたは」

 突然長身の男が現れ、坂本は明らかに動揺している。

「僕は、彼女の恋人です、あなたは?」

(え、恋人……?)

「俺は、永井の上司だ。経理課長だ!」

 航生に肩を抱かれながら固まる紗月を尻目に、坂本が赤い顔で胸を張る。

「そうですか、彼女がお世話になっています。ところで、今、彼女に触れようとしたように見えたのですが」

「そ、そんなことするわけないだろう。仕事の話をしていただけだ」

「しかし、彼女はもう退勤してますよね。しかも、あなたは酔っぱらっているようだ。御社では、飲酒して業務にあたっていいという規定があるのですか?」

 ひと言ひと言、押さえた声で坂本を追い詰める航生。体全体から静かな怒りが立ち上っているようだ。
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