『顔も見たくない』と振られた御曹司に十年越しで執着されていました
 航生はハンドルを握ったまま安堵の表情を浮かべている。車内は驚くほど静かで、ごく普通の声量でも十分会話できる。中央の大型ディスプレイに計器類が集約されている近未来的なこの車はアメリカ製の電気自動車のハイグレードモデルで、日本ではまだほとんど見かけない車種らしい。

「島くんなら、きっと大丈夫だと思ってたよ」

「紗月、呼び方が違うだろ」

 やんわりたしなめられて、紗月ははっとする。

「あ、そうだった……えっと、航生君」

「本当は、〝君〟も要らないんだけどな」

 結婚するにあたり、お互いに名前呼びにしようと提案されていたのだが、あっさり切り替えた航生と違い紗月は未だに昔の癖が抜けない。

(そもそも、もう島君でもなかったんだけど。なんだか恥ずかしいんだよね)

 隣から小さく笑う気配が伝わってきて、紗月は照れ隠しに視線を助手席側の窓に向けた。

「あ、そうだ。うちへの挨拶が終わったから今度は大須賀家に行かないとだめだよね。いつにするの?」

「いや、あの家に君を連れていくつもりはない」

「えっ、なんで?」
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