主人公なんかじゃない

4・カラリスとパーティー③

「そろそろ戻らないとね」

 赤染くんが、防音室の机に置いておいた『ひまわりダイアリー』を手にとる。

「ライブ、本当に見に来てね。物語の中のではわからない音を楽しんでほしいんだ」

「うん、ぜひ!」

 カラリスのライブ、ぜったい見たい!
 もっと、赤染くんと話したい。メンバーのみんなと話すのも楽しいけど、やっぱり赤染くんともっと仲良くなりたい。
 でも、時間は勝手に過ぎていく……。

「それじゃあ、本を開いて」

「うん……」

 赤染くんが本を手渡して、そっと離れる。いっしょにのぞきこんだら、赤染くんが私の部屋に来てしまうからね。私ひとりで見ないと。
 こんな時間に家にいないことがバレたら、きっとすごく怒られる。それは避けたいから、早く戻らないと。

「また、ぜったい会おうね。会いに行くから」

「うん!」

 そっけないときもあるけど、やっぱり赤染くんはやさしいし、私によくしてくれる。うれしいな。
 私は『ひまわりダイアリー』を開く。文字が目に入ると同時に意識が薄れ……るかと思ったけど、なにも変わらない。

「あれ?」

「え」

 私と赤染くんは、思わず顔を見合わせる。

「もとの世界に、戻れない?」

 私は、自分の血の気がひいたとわかった。
 ずっと『カラリス☆ステージ!』の世界にいたいとは思ったけど、実際そうなると……恐怖でしかない。
 ここで暮らしたい気持ちは本当。でも、家族やリカコともう会えないのは嫌だ――!
 赤染くんも本をのぞきこむけれど、状況は変わらない。

「……もしかして、俺の部屋じゃないとダメ?」

 赤染くんがあごに手をあてながら、ひとつの説を口にする。

「たしかに。いつも、私と赤染くんの部屋しか行き来してないもんね」

「てことは……一度リビングを通って、俺の部屋にいかないといけないってことか」

「四人がいるのに……」

 防音室にかけられた時計を見ると八時五十分。親が帰ってくるまであと十分しかない。悩んでいる時間がないよ。

「俺がみんなの気を引くから、そのすきに眞緒ちゃんは二階に上がってもらう……っていうのはどうだろう。ゲームに夢中になっているうしろを通り過ぎれば見られないよ」

 うん、と赤染くんはひとりうなずく。
 だいじょうぶかな……。
 しかし、赤染くんはいや、とまた考えはじめた。

「どうしたの?」

「……ほんとうのことをみんなに言うチャンスかも」

「えっ、みんなに言うの?」

 物語を行き来しているって?
 そんな話、信じてもらえるかな?
 私と赤染くんは、それぞれの物語を読み込んでいたから、納得できたわけで……そうでもない人に話したところで「何を言っているの?」ってヘんな目で見られるだけなんじゃないかな。
 赤染くんは、私がノリ気でない様子を見て、小さく首を振った。

「だって、悪いことをしているわけでもないし、みんなのことを傷つけるわけでもないんだよ。正直に話せばきっとみんなわかってくれる」

「信じてくれるかな……」

「きっとだいじょうぶ!」

 赤染くんが自信を持って言う。
 たしかに、みんないい人だもん。すぐに理解はしてくれなくても、きっとわかろうと努力してくれる気がしてくる。

「そっか……それもいいかもね」

 話してすっきりしたい気持ちもあるけれど、どこかにさみしさはあった。
 物語の中を行き来できるのは、私と赤染くんだけの秘密なのに、って……。
 けど、コソコソしているのも疲れるし、言うチャンスではあるのかも。 
 それにしても赤染くんは、みんなを信用しているんだね。すごいよ。グループの絆を見せつけられた気分。

「でも私、親には知られたくない。きっと理解されないと思うし」

 物語の中を行き来できるなんて知ったら笑われるか、心配して本を取り上げられるかのどちらかだと思う。どういうリアクションをするか想像ができないけど、「そうなんだ、楽しんでね」とはならないと思う。

「そうだよね。じゃあ九時までには帰らないと。ちょっとリビングの様子見てくる」

 赤染くんが防音室からリビングに戻る。私も、防音室のドアからそっと様子をうかがう。
 すると、リビングから赤染くんが手招きしている姿が見える。私は足音を忍ばせてリビングへ。
 カラリスのメンバーのうち、タイガくんハルトくんとミナトくんがゲームのリモコンを手にしたまま、すやすやと寝ていた。
 え、もう全員寝たの? 早くない?

「たぶん、シオンが風呂に行った。それでゲームをやめたら、眠くなっちゃったんだろうね」

 遠くで、シャワーの音が聞こえる。
 ホッとした思いと、カラリスのメンバーのかわいい寝顔を見てしまったうれしさで複雑な気持ちになる。

「……行こうか」

「うん」

 みんなに理解してもらおうと決めたから、ほんとうのことを話せないのはちょっと残念な気持ちではあった。でも、しばらくは赤染くんとふたりだけのひみつになりそうで、うれしかった。
 赤染くんの部屋に戻る。
 時刻は九時一分前。

「今日はありがとう赤染くん。あっという間だった!」

「ほんとに。また、遊びに来てよ。メンバーもよろこぶから」

「みんな、よろこんでくれてる?」

「もちろん!」

 疑いようのない赤染くんの笑顔にほっとする。
 避けられてるとか嫌われてるとか、いろいろネガティブに考えちゃうけど……でも、赤染くんの笑顔を信じよう。

「じゃあ時間だから、帰るね」

「うん。一週間くらいしたら、また会おうね」

「それまで、元気でね!」

 私は時間に急かされるように、『カラリス☆ステージ!』を開いた。

 ……
 …………
 ………………

 気が付いたら自分の部屋にいた。よかった、戻れた!
 と同時に、一階から「ただいまー!」とお母さんの声が聞こえた。
 階段を下りて出迎える。

「おかえりー!」

「ごはん食べてないじゃない! 待ってたの? しかも制服のままで?」

 冷蔵庫を見ながら、お母さんが文句を言う。
 あ、しまった。カラリスのシェアハウスにいってみんなとごはんを食べただけで、家のごはんは食べてなかった!

「着がえる前に昼寝しちゃって……」

「じゃあいっしょに食べよう!」

 ええー、お腹いっぱいなんだけど……でも、せっかく用意してくれてたんだもんね。ここで適当に「お腹空いてない」って言えない私の生真面目さ……。

「うん、食べよう」

 あわてて部屋に戻り、制服を脱いで部屋着に着替える。
 ムダだとは思いつつ、がんばって体をうごかす。ひみつのある生活って、大変だ。
 どうにか、お腹すいてー!
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