花咲く森のから騒ぎ

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 これは、今から、百ニ十年前の事である。鳥の年には赤の森に入ってはいけないと領主様から言われていたというのに密猟者が踏み込んだ。

 その数時間後、密猟者はフラフラと村の野道をふらついているところを保護された。

『みんな、聞いたか! 密猟者のピーターがおかしくなっちまったぞ』

 狩りをしていた男が呆けた表情で鳥のように鳴くようになった。村人達は震えあがった。

『森に入る前は嫁さんに暴力をふるっていたんだが、鳥の餌を食い始めたぜ! 言葉も喋らないで、羽のように腕を広げて、今朝、二階の窓から飛びおりて亡くなったぜ』

 それ以後も、似たような事件が起きたのだ。いつしか、村人はピタリと近寄らなくなった。

 あれは禁忌の森。

 どんな人間も、例え王族さえも赤い花が咲く鳥の年には赤の森に入ってはいけない。

 満開の花の下に行くとみんなおかしくなってしまう。

『いいね。マイラ。赤い森に近寄ってはいけないよ。大変なことが起こるんだよ』

子供の頃、おばぁちゃんがそう言って私を怖がらせた。あの森に行ってはいけない。嗚呼、それなのに……。あの二人は禁を破ったのだ。

     ☆

「マイラ……」

 愛らしい声で誰かが私を呼んでいる。

「マイラお姉ちゃん……。起きて……」

 私は従妹のチェルシーの声で目覚めた。

 金色のクルクルとうねる長い髪を揺らしながら、私を覗き込んでいる。この娘は十七歳になったばかり。

 一年前に社交界デビューを果たしており、色々と忙しいと手紙に書いていたはずなのに、なぜ、こんなところにいるのだろう。

 ぼんやりしてると、チェルシーが目をキラキラさせながら話しかけてきた。

「ついに元の体に戻ったのよ! ジョシュアと入れ替わっていたけど戻れたのよ! あたし、ケイテイに言ったのに信じてくれないの! ほんと、嫌になっちゃうわ。お願い。あたしをここに住まわせて」

 チェルシーが暮らしている王都は、この村から三十七マイル南にあるんだけど……。もしかして、家出をしたのだろうか。困った娘だ。

「あたし、ケイティの言いなりになるもんですか」

 よく分からないが、また姉妹で、くだらない喧嘩をしたらしい。

「ほんと、ケイティって分からず屋で嫌になっちゃうわ」

 愛らしい唇をツンと尖らせたまま身体をくねらせている。

 おやおや。何か妙だわ。違和感が疼く。今日のチェルシーは雰囲気が違っている。声の出し方や動作が女の子っぽくなっている。

 寝ぼけ眼の私は、粗末なベッドの上で背伸びをしながら呟いた。

「チェルシー、ちょっと待ってよ。先に顔を洗わせてよ」

とりあえず小屋から出て近くを流れる小川へと向かった。

しゃがみこむと、両手を伸ばして直接水を汲んで顔を洗った。さてと、小屋に戻りますかと欠伸をしていると、馬車が細い林道を駆けてくる音が響いた。

あらら、誰か来た。丸太小屋の前に止まった馬車。立派な二頭立ての馬車の座席から出てきたのは従姉のケイティである。

情熱的な赤い髪と、少し骨ばった感じの頬と目尻のキツイ感じが、叔母に生き写しだ。

馬車から降りて小屋に踏み込もうとしているケイティに近付くと、彼女はヒステリックに憤慨しながら叫んだ。

「チェルシーはどこなのよ。玉の輿に乗るチャンスを自ら捨てようとしているのよ! 未来の公式寵姫に選ばれたのに断るって言うのよ」

「えーーーーっ。公式寵姫?」

 いきなりで驚いた。

 公式寵姫というのは王の公式な愛人のことである。

 社交界の中心人物として目立っていることから、歴代の公式寵妃は絶大な権力を握っていたりする。

 侍従や女官のように給与も年金も支給されるし、王の子供を産めば、その子に爵位も与えられるのだから至れり尽くせりだ。

 しかし、それには建前として、公式寵妃は貴族であらねばならない。

 仮に、平民の娘がその職につく場合は、宮廷に入る前にしかるべき貴族の養女となり、それなりの身分を得てから宮廷に入る事になっている。これは、恋愛遊戯が盛んな我が国ならではの、かなり特殊な制度と言えるだろう。

 私は不思議に思って尋ねる。

「だけど、なんでチェルシーがその役目を果たすことになったの?」

「王子がお忍びで訪れるサロンで出会ったのよ。あの娘、巧みに王子に媚びを売って色々なものを買わせたの。おかげで、うちの商売は持ち直したのよ。でもね、あの娘は、掌のキスさえも許さなかったの。殿方に興味が一切ないのに、そうやって小悪魔的に焦らすのは上手いのよ」

「そうでしょうね……」

 チェルシーは政治と経済に詳しい。女の子は大学に入れないので、優秀な家庭教師を雇って学んだおかげで、そんじょそこらの男よりも博識になっている。

「男達は、あの子に論破されたり翻弄されることで、ますます好きになっていったわ。とんだ小悪魔よ。まったく誰に似たのやら」

 チェルシーの外見は完璧な少女なのに中身は粗野でサバサバしている。誰も見ていない所では、男言葉を使う。まぁ、ザックリ言うとお転婆で破天荒だったわ。

「自分から王子に媚びておきながら、今更、嫌だとか言わないで欲しいわ。しかも、自分は、今までは別の身体にいたとか何とか言い出すし。ほんと、意味不明よ」

 こんな話をしていると我々の背後からチェルシーが叫んだ。

「やっと、元の自分に戻れたのよ! これからは自由に生きるわ! マイラ、ここに住まわせて」

 ヒシッと背中から強く抱きつかれても困るのよ。とにかく、落ち着きなさいよと言おうとした時、背後から凛とした若者の声が響いた。

「マイラ! そいつは本物のチェルシーだ! 陰謀だらけの宮廷生活なんて無理なことだ」

「えっ……? ジョシュアなの?」

 振り向くと乗馬服姿のジョシュアがいた。彼は、馬から颯爽と降りると大股でザクザクと歩いて来たのだが……。

 おやおや、こっちも雰囲気が違っているじゃないのよ。以前よりも体付きが逞しくなっているわ。声のトーンも男っぽくなっている。

「よう、三年ぶりだな。やっとオレは男に戻ったぜ。こないだまでは俺がチェルシーだったんだのさ!」

 唖然としていると、チェルシーが私の背中に頬を寄せて抱きついてきた。

「マイラお姉ちゃん、お願いよ、信じてよ……」

 甘えるように私の小指をぎゅっと握っている。その時、幼い頃のジョシュアの口調を思い出して身震いしていた。

『ねぇ、マイラお姉ちゃん、一緒にトイレに行きましょうよ。ねぇ、お願い……』

 昔、そんなふうに眉を下げてジョシュアが私に抱きついていたのだが、今のチェルシーの雰囲気は、当時のジョシュアによく似ている。声のトーンがソックリ。

「チェルシー、うじうじと泣くなよ!」

 ジョシュアが自分のポケットから古いハンカチを取り出した。チェルシーの洟をかんでやっている。だが、ハンカチの刺繍に見覚えがあった。

 それは、私がチェルシーにプレゼントしたものだ。ジョシュアは、それを見つめながら笑っている。

「このハンカチのブルーベリーの染み、結局、とれないんだな。あの時、おまえ、食い過ぎてゲロ吐いたよな」

「……そ、そうなんだけど」

 なぜ、それをジョシュアが知っているのかしら。五年前、一緒にピクニックしたのはチェルシーなんだけど……。

「ジョシュア……。なんで、チェルシーのハンカチを持ってるのよ」

「これは、おまえがオレの為にスミレの刺繍をしてくれたものだぜ。あれから、ずっと大切に持ってるんたよ」

 ジョシュアはこっちを見ている。何だか自信ありげに唇の右端だけを上げて笑っている。この独特の笑い方はチェルシーと同じだということに気付いてしまいドキッとなる。

 うそっ。まさか。

 ゾワゾワとしたものが背中に押し寄せてきた。もしかしたら、本当に二人は入れ替わっていたのかもしれない。

 だけど、なんで、今更、元に戻るのよ?
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