花咲く森のから騒ぎ
「チェルシーはどこなのよ。玉の輿に乗るチャンスを自ら捨てようとしているのよ! 未来の公式寵姫に選ばれたのに断るって言うのよ」

「えーーーーっ。公式寵姫?」

 いきなりで驚いた。

 公式寵姫というのは王の公式な愛人のことである。

 社交界の中心人物として目立っていることから、歴代の公式寵妃は絶大な権力を握っていたりする。

 侍従や女官のように給与も年金も支給されるし、王の子供を産めば、その子に爵位も与えらるのだから至れり尽くせりだ。

 しかし、それには建前として、公式寵妃は貴族であらねばならない。

 仮に、平民の娘がその職につく場合は、宮廷に入る前にしかるべき貴族の養女となり、それなりの身分を得てから宮廷に入る事になっている。これは、恋愛遊戯が盛んな我が国ならではの、かなり特殊な制度と言えるだろう。

 私は不思議に思って尋ねる。

「だけど、なんでチェルシーがその役目を果たすことになったの?」

「王子がお忍びで訪れるサロンで出会ったのよ。あの娘、巧みに王子に媚びを売って色々なものを買わせたの。おかげで、うちの商売は持ち直したのよ。でもね、あの娘は、掌のキスさえも許さなかったの。殿方に興味が一切ないのに、そうやって小悪魔的に焦らすのは上手いのよ」

「そうでしょうね……」

 チェルシーは政治と経済に詳しい。女の子は大学に入れないので、優秀な家庭教師を雇って学んだおかげで、そんじょそこらの男よりも博識になっている。

「男達は、あの子に論破されたり翻弄されることで、ますます好きになっていったわ。とんだ小悪魔よ。まったく誰に似たのやら」

 チェルシーの外見は完璧な少女なのに中身は粗野でサバサバしている。誰も見ていない所では、男言葉を使う。まぁ、ザックリ言うとお転婆で破天荒だったわ。

「自分から王子に媚びておきながら、今更、嫌だとか言わないで欲しいわ。しかも、自分は、今までは別の身体にいたとか何とか言い出すし。ほんと、意味不明よ」

 こんな話をしていると我々の背後からチェルシーが叫んだ。

「やっと、元の自分に戻れたのよ! これからは自由に生きるわ! マイラ、ここに住まわせて」

 ヒシッと背中から強く抱きつかれても困るのよ。とにかく、落ち着きなさいよと言おうとした時、背後から凛とした若者の声が響いた。

「マイラ! そいつは本物のチェルシーだ! 陰謀だらけの宮廷生活なんて無理なことだ」

「えっ……? ジョシュアなの?」

 振り向くと乗馬服姿のジョシュアがいた。彼は、馬から颯爽と降りると大股でザクザクと歩いて来たのだが……。

 おやおや、こっちも雰囲気が違っているじゃないのよ。以前よりも体付きが逞しくなっているわ。声のトーンも男っぽくなっている。

「よう、三年ぶりだな。やっとオレは男に戻ったぜ。こないだまでは俺がチェルシーだったんだのさ!」

 唖然としていると、チェルシーが私の背中に頬を寄せて抱きついてきた。

「マイラお姉ちゃん、お願いよ、信じてよ……」

 甘えるように私の小指をぎゅっと握っている。その時、幼い頃のジョシュアの口調を思い出して身震いしていた。

『ねぇ、マイラお姉ちゃん、一緒にトイレに行きましょうよ。ねぇ、お願い……』

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