花咲く森のから騒ぎ

13

 後日、チェルシーを襲った刺客が大司教に雇われていたことが判明した。

 大司教は反逆罪が確定して投獄された。もうすぐ、ランドールの手によって処刑される。

 ちなみに、ケイティとチェルシーは仲良く一緒に暮らしている。チェルシーは、今、人生の転機を迎えている。

 寄宿学校で片思いしていた相手が別の女性と結婚してしまい、恋したというのにチェルシーはサバサバしている。

「マイラお姉ちゃん。あたし、ケイティと共に働くわ。商売のお勉強をしようと思うの。パパ達の店を、もっと大きくしたいと思っているの。もちろん、いつか結婚するわ」

 王都にある店をもっと大きくしたいとチェルシーは言っている。ジョシュアは大学に通うことになった。

 余談だけど、ジョシュアは、王子から素敵なものをもらった。それは、アルベール公爵邸である。私が暮らしていた森の小屋の管理を今はハンスが暮らしている。

 ハンスは、なんとローザと所帯を持っていたのだ。そして、私はというとアルベール邸で暮らしている。

 バルモア家に下賜されたものだが、ケイテイやチェルシーは、アルベール公爵の甥であるジョシュアが受け取るべきだと判断したのである。

「マイラ、どう気に入った?」

 彼は、もうすでに私のために指輪を買ってくれている。銀の婚約指輪を受け取ると、無邪気に金色の髪を揺らして微笑んだ。

「もちろんよ! ジョシュア、ありがとう!」

 素直に抱きついてく。すると、ジョシュアが幸せそうに目尻にシワを刻みつつ微笑した。

「ああ、マイラ! 俺達、もうすぐ一緒に暮らせるな!」

「きゃっ!」

 フアリ。柔らかく押し倒されて身体が後方に傾いた。俺たちは、そのままベッドに倒れこんでいく。ジョシュアが私に向かって囁いている。

「なぁ、マイラ、昨日、ローザの結婚式だったのよ」

「ああ、町の人たちが、みんな祝福していたよ」

 実は、昨日、ローザの結婚式を見た後に、俺は、この指輪を買ったのだ。新しい司教は、新しい王に、つまりウィリアムによって任命されることになっている。葡萄月の末に王が崩御している。

 そして、ウィリアム王子が正式に王となった。エリザベスは、アン王女の暗殺を示唆した罪によって部の孤島の城に幽閉されている。

 王になってからのウイリアムは精力的に政治改革に取り組んでいた。塩に関する悪法も、今は撤廃されている。あの夏から、数ヶ月の間に、色々と変わったわ。本当に、いろんなことがあった……。今思うと、すべてが夢のようだわ。

 ふと、窓から差し込む光が螺鈿細工の枠組みで彩られた豪奢な鏡に反射している事に気付いた。私は、婚約者のジョシュアに押し倒されたまま微笑み返していく。

「ジョシュア、あなたって本当はミカエルっていう名前なのね?」

「さぁな。忘れたよ。そんなこと」

 あくまでも、ジョシュアは自分の過去を曖昧なものにしておきたいようである。それなら、それでも構わないわ。だって、私は、捨て子のジョシュアが好きなんだもの。

「俺は、ジョシュアだよ」

「そうね。あなたは未来の夫のジョシュアだわ」

 王になったウィリアムから、ジョシュアは州の行政官に任命されている。いずれ、ジョシュアは長官になるだろう。

 お互い、身体のあちらこちらを子供同士の様にくすぐりあいながら、小鳥のように何度もキスを繰り返す。
 
 その時、ふっと、あの鳥の声が聞こえたような気がして私は目を見開く。手を止めて、部屋中を見回していく。

 しかし、七色の鳥は、この部屋のどこにもいなかった。しかし、その代わり、鳥の欠片を見つけたのだ。それは、ひっそりと部屋を彩っていた。

「おい、マイラ……。どうしたんだ?」

 ジョシュアが、ふと、私の顔を見下ろしてから不思議そうに私の瞳の奥を探っている。私は、クスッと笑って指差した。

「こんなところに鳥の羽が残っている」

 ベッドサイドの隅のところに、あの王の鳥の羽が残っていた。不思議な色。

 私は、腕を伸ばして、その羽を拾うと、昔、彼が女の子だった時のようにジョシュアの髪に挿して静かに微笑んでいく。

「本当に綺麗な色よね。夢の欠片を見ている気分だわ」

 女神の森の七色の鳥。世にも珍しいあの鳥がいたからこそ私達は出会い、こうして一緒にいられるのかもしれない。

「ねぇ、七色の鳥はどこにいるのかしら」

「群れをなして世界中を飛んでいるのかもしれないな」

「また、いつか戻ってくるわよね」

「十二年後、また、あの樹で何かが起こったりするのかもしれないぜ」

「また、鳥になる人が出たら大変よ! そうならないように管理しなくちゃ」
 
「村の子供達が森に入らないように、恐ろしい鳥の怪人の話をするのさ。昔から、そうやって、領主達は森の秘密を守ってきた」

「アルベール公爵には子供がいないから甥っ子がそれをするのね」

「……ああ、そうだな」

すると、ジョシュアが、少しだけ甘えるような顔つきで呟いた。

「マイラ、笑うなよ。俺さぁ、子供の頃、よく怖い夢を見て泣いたんだ。鳥人の夢によく追いかけられていたんだ」

「なに、それ?」

「鳥の怪人さ。首から上が鳥の男爵が舞踏会に現れるのさ。すごく怖かったなぁ……。俺は、何度も寝ションベンをして乳母に抱きついたさ。八歳の夏、おまえの小屋で漏らしたことがある」

「ああ、そのことなら覚えているわよ。おばぁちゃんにバレないようにこっそり洗ったつもりだけど、おばあちゃんは知っていたわよ」

 私も、鳥の怪人の影に怯えたことがあるのだ。背後から、そっと忍び寄る不気味な影。その男の顔は鳥と同じ……。彼に睨まれたら、みんな連れ去られてしまう。

 悪い子は鳥のお化けに殺される。村人達は、よくそう言って子供を叱っていたっけ。

 みんな、鳥の怪人の伝説を心のどこかで信じているのよ。

 不思議な鳥。不思議な森の不思議な樹。その神秘的な森は、時として、人間の運命を大きく変えてしまう。不用意に近寄ってはならない奇跡の森。謎めいた森。

「なぁ、マイラ、俺たちの子供にも、いつか、鳥の怪人の話を聞かせよう……」

 言いながら、ジョシュアが私の身体を引き寄せて微笑んでいく。

「うん。そうね」

 私は、小さく微笑んで目を閉じた。そして、互いに頬を寄せていく。あなたと私、お互いの魂を重ねる様にして口付けている。


   


  おわり

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