男装歌い手は孤独な不良御曹司と甘々で危険な恋をする
武道館ライブ
***
ついに今日は重大発表の日、ファンに武道館ライブを公開する日だ。
今日は収録がなかったから、メンバーに会うのは今から。
今日の収録は紫音の家でやるんだ。
紫音の両親は外交官で、今は海外出張に行っていて家にいないんだ。
家はすごく広くて防音室まで作ってくれたんだって。
お金持ちはやることが違うよなぁ。
そうして僕は紫音の家について、インターホンを押した。
『入って』
紫音の声が聞こえて、門が自動で開かれた。
いつもこれ慣れないんだよな。
そう思いながら、家の中に入り誰もいない廊下を歩いて2階の防音室に向かった。
ガチャ。
「あ!スイ来た〜!もうっ、遅い〜」
一輝がふくれた様子でそう言った。
僕は「ごめん」と言って苦笑いをした。
真っ白な壁で作られた防音室は無駄に広くて驚いてしまう。
しっかりと機材も置かれていて、すぐにでも配信が始められそうだ。
配信は8時からだからあと30分くらいかな。
時間を確認していると、ふと目の前に影が落ちた。
漣かなと思って見ると、そこには紫音が立っていた。
「スイ、来て」
相変わらず無愛想に言った後、僕の腕を強引に引っ張って部屋から出た。
僕は驚いてなにも言えなかったが、我にかえって止める。
「ちょ、ちょっと紫音!!」
そう止めてみるも、力の強い紫音に勝てるはずはなくて。
僕は半ば引きずられるようにして連れて行かれた。
連れて行かれた部屋は紫音の部屋で、強引に中に入れられる。
「もう、なんなの?いつも強引なんだから」
はぁ…と僕はため息をつく。
その瞬間、握られた手首にさらに力が込められた。
痛くて一瞬顔を歪める。
「い、痛っ…!ちょっとしお——」
「本当に、いいのかよ」
「え…?」
突然言われた言葉に、僕は息を呑んだ。
「だから、いいのかって聞いてんだ。どうなるかなんて想像ついてんだろ。ファンに想像以上の言葉を浴びせられるかもしれない。生きづらくなるかもしれない。そう考えたら、ここで降りるのがいいんじゃねぇのかよ」
紫音の言いたいことはわかった。
僕を心配してくれてるんだ。
不器用なりに僕にこうやって伝えてくれて、なんだか嬉しく感じだ。
「うん、そうかもしれない。誰だって辛い道は歩みたくないよ。でもね、それじゃあ一生進めない。ここで逃げたら、僕は一生後悔する。だから…紫音も応援してくれないかな」
紫音は大きく目を見開いた。
僕が首を傾げると、今度は紫音がため息をついて手を離してくれた。
「…わかった。ごめん、こんなことして。でも、スイの意思が聞けてよかった。俺も全力でスイのこと支えるから、いつでも頼って」
驚いた、紫音がこんなこと言うなんて。
でも、それだけ考えてくれていたのだろう。
「ありがとう」
僕はただ一言、そう言った。
——僕は久しぶりに紫音が気恥ずかしそうに笑うところを見た。
それから再び戻ってきた僕は、ひたすらに時間を潰した。
そわそわしてなにかをやる気は起きなかった。
そして、配信開始1分前。
それぞれが席につき、配信が開始されるのを待った。
——3、2、1。
僕は心の中でカウントダウンをして、ちょうど8時になった時配信開始をタップした。
「ノヴァのリスナーのみんな、こんばんは。緑担当サブリーダーのレンです」
画面上にはみんなのヴァーチャル体が映っている。
ただひとり、僕をのぞいて。
僕は最初からいつも通り笑って配信をすることができない。
だから、重大発表をした後に僕は出るんだ。
『こんばんはー!』
『あれ?スイくんは?』
『炎上してるから笑』
『ノヴァ抜けるのかな?』
『当たり前でしょ』
僕はただ、流れていくコメントをながめているだけ。
「今日は集まってくれてありがとう!ピンク担当のねむくんだよ〜。今日も盛り上がっていこー!!」
今日も元気に挨拶をする一輝。
「赤色担当シキ」
いつものように無愛想に挨拶をする紫音。
「黄色担当のリツです。今日は大事な発表があるから、しっかり聞いてほしいな。よろしくね」
ファンに優しく声をかける莉都。
「みんなやっほ〜!今日の重大発表、来てくれてありがとう!青色担当のシュウです!」
明るく元気に挨拶をする灯真。
そこに僕はいない。
ノヴァにいたいと思うのに、時々自分はいなくていいんじゃないかって気になる。
そんな僕に気がついてか、隣に座る漣が僕の手を握った。
その手は僕と同じくらい震えていた。
僕はキュッと自分の口を結んだ。
『ここにいていい』
たしかにそう言われてるみたいで、嬉しかったんだ。
「それじゃ、さっそく重大発表にいくか。みんな、準備いい?」
漣の問いかけに、素早くコメントが流れていく。
『もう!?はやい!』
『重大発表なんだろ?』
『どうせスイくんのことでしょ』
この重大発表は、きっとファンの誰も予想していない。
みんな僕のことだと思っているから。
「準備いいみたいだね〜!それじゃ、こちらをご覧ください」
一輝の合図で、僕は画面にあらかじめ用意した動画を再生させた。
画面が暗くなり、ドンッと重大発表の文字が表示される。
それにのしかかるように書かれた「過去最高の」という文字。
少しその画面で固まった後、音が流れる。
僕がここ最近で作曲して、メンバーで収録をした曲だ。
『さあ、僕たちの夢はここからだ。Trajectory《トラジェクトリー》、僕たちの軌跡をここで証明しよう。日本武道館ライブ、開催決定』
僕の声が流れた途端に、コメントが加速する。
『武道館ライブ!?』
『スイくんの声だ!!』
『え!?どういうこと!?』
そんなコメントだらけに中、動画は終わっていく。
チケットのプレオーダーの予定が張り出された後、ヴァーチャル画面に戻ってくる。
「楓乃」
漣に声をかけられてハッとした僕は、ヴァーチャル体をオンにする。
その瞬間、僕の3年愛用しているイラストが画面に現れた。
ここからは僕の番だ。
「みなさん、こんばんはスイです。今日は少し僕の話を聞いてください」
そして、僕はひとつ間をあけて言った。
「みんなは多分知ってると思うけど、今僕はSNSでふたつのことが暴露されて炎上…をしてる状態です。まず、SNSで言われていることは全て事実です。僕の本名は櫻川楓乃だし、性別は今まで隠してたけど女です」
怖くてコメント欄が見れない。
今、なにを言われているのか見れない。
僕はやっぱり臆病だから。
でも、これだけは伝えておきたい。
「まず、黙っていたということについて謝罪します。僕はわかっていて女であることを隠し、活動をここまで続けてきました。けれど、スイとしての活動はなにひとつ嘘はありませんでした。あれが本当の僕なんです。そして、メンバーのみんなもスイはスイだから、性別は関係ないって言ってくれたんです。だから僕は、まだここにいたい。活動をやめるなんて、ノヴァをさっていくなんて選択肢はとりたくない。わがままでごめんなさい。でも、僕はこれからもファンに向き合って、自分に嘘偽りなく活動をしたい。だから、今回武道館ライブを決めました。どうかそこで、僕の決意を聞いてください。お願いします」
突然ポンとなでられたような感触があって、僕はキュッとつむっていた目を開けた。
ヴァーチャル体は腕までは映らないから、ファンの間では見えていないはずだ。
それでも、少しヒヤッとする。
「この際だから、ファンに言わせてもらう。スイを責めるのはおかしいんじゃねぇの?」
責めるような口調で言った漣。
ファンにそんな態度でいいの?と一瞬思ったが、なにも言わないことにした。
「いつスイが騙したんだ?スイは最初から女とも男とも言ってなかっただろ。それをあーだこーだいうのはおかしいと俺は思う。お前らはスイのなにを見てきたんだよ」
「うんうん。僕もそう思うな!」
漣がズバッと言ったからなのか、一輝も入ってきた。
「スイはさ、いつも優しくて気が利いて誰よりもファン想いな自慢のリーダーなんだ。だから、スイのこと悪くいうのは、ファンでもちょーっと許せないよ?」
「俺も。女だから、で?なんだよ?って感じ。それでスイはなにか変わるのかよ」
「そうだね〜。みんなには、もっとスイくんのことをしっかり見てほしいな」
「俺も!スイは俺らを支えてくれた唯一無二の存在なんだ。スイがいなくなってうれしいわけねぇ!!」
紫音、莉都、灯真も続いてそう言ってくれた。
一緒になってファンを説得してくれる5人の存在が頼もしかった。
『たしかにそうだよね…』
『私たち、スイくんなにを見てたんだろう』
『女の子でもスイくんはなにも変わらないよね』
『スイくんごめんなさい!』
『許して〜!!』
『ごめんなさい』
そういったコメントが続々と流れてきていた。
僕の想いが、メンバーの言葉が少しは伝わってくれたのかな?
そう思ったらホッとできた。
「うん、みんな。そう言ってくれてありがとう。どれだけ非難されても、僕は好きな道に進むよ。実力でまたファンを増やしていく。そんなスイに会いにきてね。活動当初から夢に見た武道館ライブ。絶対成功させよう!!」
***
あれから時が流れるのは早いもので、4ヶ月という月日が経った。
その間にもいつも通りの活動を続けた。
それにプラスで、毎日武道館ライブに向けてみんなで練習をした。
今回は関係者席に僕の両親、漣のお父さん、ヴィータのメンバー、ブラヴールのメンバーを招待してる。
そして見事に、席は全て完売、当日券も即完売、追加席も即完売となった。
そしてSNSで拡散続ける3つの投稿があった。
『このライブで僕の決意をみんなに伝えます。
絶対に見にきてください。
僕の声を、僕の歌を目の前で聞いてほしい。
ここで僕たちの軌跡が奇跡に変わる瞬間を見せます。
Sui』
『活動当初からの夢だった武道館ライブが開催決定。
このライブではSuiからはもちろん、他のメンバーからの決意と経験が語られます。
4時間という長い公演になりますが、ぜひお越しください。
夢はまだ始まったばかり。
ノヴァ』
『久しぶりにアカウントを動かしましが、この投稿にお気づきでしょうか?
元ブラヴール水色担当Asahiです。
この度ノヴァの水色担当Suiくんからのお誘いを受けて、武道館ライブに特別出演させていただくことになりました。
音声のみの生配信もあるそうなので、ぜひ聞いてください。
Asahi』
歌い手界が確実に揺らいだ瞬間だった。
***
「よ〜しメイク完了!どうどう!?かっこよくなーい?」
ハイテンションで言った一輝が僕に鏡を突きつけてくる。
そこには、いつも以上に整ったメイクをした自分の顔があった。
「うん、ありがとう一輝。あと30分で公演開始だね。もう席はいっぱいなのかな?」
「うーん、わかんないけど、スタッフさんは人がめっちゃいる!って言ってたよ。……楽しみだね」
少し間を開けたあたり、なにか考えることがあったのだろう。
だけど僕はなにも聞かず、ただ笑って見せた。
「うん。すっごく楽しみ!」
僕たちは今日という日のために努力を重ねてきた。
だから、大丈夫。
僕らはここから一歩一歩進んでいくんだ。
そうして時間が過ぎ、あっという間に公演開始5分前に。
ステージ裏でスタンバイをする。
その間、僕は漣に話しかけた。
「漣、公演が終わったら言いたいことがあるんだ。いい?」
少し驚いた表情をした後、いつもの笑顔で頷いてくれた。
「もちろん」
その時、アナウンスが鳴った。
開始の合図だ。
『これより、ノヴァの公演を開始します』
ノヴァのライブは、必ずリーダーの一言で始まる。
今回の一言は——決まってる。
「僕たちが大きく変わる時だ。さあ、行こう。これまでの軌跡を積み重ねたステージへ」
『きゃぁぁぁ!!!』
黄色い歓声が上がり、僕たちはステージへあがっていった。
緑、ピンク、赤、黄色、青。
そのカラーの中にぽつりぽつりと浮かぶ水色のペンライト。
一瞬だけその光景にズキリと胸を傷ませた。
だけど、そんな暇はなく音楽が流れてくる。
この曲は『フィクション』。
この武道館ライブのためにかきあげた曲。
僕の大切な曲。
「フィクション。なにもかもが偽りの世界。なにも色付かなくて退屈な世界。また歩み出す」
僕のパートから始まる。
最初で良かったのかもしれない。
だって、もう涙が出てくる。
悲しいのかもしれない、嬉しいのかもしれない。
だけどただ——。
「「この世界で生きていたい」」
漣と視線があった。
彼のパートの歌詞と、僕の声が重なった。
ファンのみんなには重ねたように聞こえただろうか。
ふわりと微笑んだ漣に、僕は笑い返すことができた。
なんて幸せなんだろう。
今、このステージに6人で立っていられることが嬉しいや。
そう考えながら4曲が過ぎ、ソロ曲へと突入した。
5人の曲を僕はただ満たされた気持ちで聴いた。
なんだか足元がふわふわする中、僕の番がきた。
ステージのど真ん中。
そこにはピアノが堂々と置いてあった。
僕の大好きなピアノが。
その時、軽く背中をトンッと誰かに押された。
ゆっくりと振り返れば、今から一緒に出るあさひくんだった。
「行くんやろ。ほら、大丈夫」
そう言って腕を引かれ、僕はステージに出ていった。
その途端、僕の不安は消え去った。
客席が全て水色で染められている。
こんな光景を見ることが許されるのだろうか。
こんな僕に。
再び涙が出そうになるのをこらえ、僕は笑うあさひくんの隣に立った。
そして僕は言葉を発した。
「ありがとう。ありがとう」
なにを言えばいいのかもわからなかった。
ただ、感謝を伝えたかった。
こんな僕に味方をしてくれるファンのみんなに。
あさひくんは今にも泣きそうな僕の肩に腕を回し、いつもの明るい声で言った。
「みんなー!!あさひだぞーー!!!今からスイくんと歌う曲、聞いてほしいな」
僕から離れる時、「いける?」と聞かれて僕はすぐに頷いた。
僕があさひくんのファンだった時から何度夢見た光景だったろう。
あさひくんの隣に立つ日を待っていたんだ。
あさひくんがピアノの前に立ち、ゆっくりと音を奏でた。
僕は深く息を吸い込み、歌詞を口にした。
「なぜだろう?どうして僕は好きに生きられない。なぜだろう?僕が普通じゃないのは。なにもわからない。僕は自分らしく生きているだけだ。なのにどうして満たされないのだろう?」
いつも考えていたことだった。
普通になれない僕がダメなのかと。
満たされない日々は、どうやったら満たされるのだろうと。
孤独だったのだ。
ただただ誰かに寄り添ってほしかっただけ。
だから、こんなにも僕のカラーで会場が包まれていることが嬉しい。
僕の満たされない日々を歌詞に書いた。
そして、深い深いあさひくんのピアノの音と共に彼のパートがあさひくんによて歌われる。
「僕は全てを諦めた。きっとできないのだと。なにも信じられなくて。どうしよう。なら全部諦めてしまえと。僕は普通になれないんだ。僕にはもうなにも愛せない」
そしてサビパート。
僕とあさひくんの声が、重なった。
まるで全てが一体化したようで心地が良かった。
「「ああ、宝石の毎日よ。僕を照らした日々たちよ。気がつけなかった。それはただ僕には宝石の毎日で。君と過ごせた日々が幸せで。愛しくて、大事だってこと。この手に希望をくれた、僕の大切なもの」」
本当に、その通りなんだよ。
今まで気がつけなかったんだ、毎日のその行動が僕にとっては全てが宝物だったこと。
ノヴァは僕の宝物。
あさひくんと同じくらいに大好きだ。
——大好きだよ。
活動してきたこの日々全てが、僕の永遠の宝物だ。
これまでも、これからも。
僕の自慢のグループだから。
「「大好きだよ。愛してる」」
僕の最初で最後の、夢のようなふたりだけのステージだった。
あさひくん、ありがとう。
僕をこんなに強くしてくれて。
「どういたしまして」そう返されたような気がした。
あさひくんの笑顔は、今までで1番きれいだった。
***
楽しい時間は刻々と過ぎていく。
20曲ほどの曲数を歌い切り、残り一曲となったところでMCの時間がきた。
今日のメインと言っていいほど、大事な時間だ。
メンバー6人とあさひくんが等間隔に並び、まずは僕が口を開いた。
「みんな、今日は来てくれてありがとう。全ての席が完売ということで、僕たちはこの最高のステージに立つことができました。それは、みんなが僕たちを信じてついてきてくれたおかげです。ここからは、メンバーひとりひとりから大事な話をしてもらいます。聞いてください」
そう言って、僕は自分のマイクをオフにした。
僕は最後なので、自分の番はしばらく後だからだ。
まず初めに漣からの話だ。
それを知ってか、客席のペンライトはほとんどが緑に変わった。
「まずは、俺たちにステージに立たせてくれてありがとう。ファンのみんなには感謝してもしきれません。そんな大事なファンのみんなに、俺たちはもっと自分を知ってほしいと考えました。聞いてくれますか?」
その言葉にペンライトが振られる。
まるで「いいよ」と言っているみたいだ。
「ありがとう。……まず初めに、俺の本名は夏神漣。日本では有名な財閥の本家の息子で、たったひとりの跡継ぎ候補でもあります」
衝撃の一言に、客席からは「えー!?」という声があがる。
「そんな俺は跡継ぎという立場が嫌いだった。大人たちからは気に入られようと媚を売られるし、同い年の子だって俺の地位がほしくて近づいてきていたのはわかっていたから。だから、俺はよく家を飛び出していった。そこで俺は外の世界を知った。歌い手という存在を知った。俺はその自由な存在に憧れた。そんな思い切りで始めた活動だったけど、スイに出会ってこんなに素敵なステージに立つことができた。スイは俺をただの漣として見てくれたんだ。だから、そんな人に出会えて俺は本当に幸せな奴だなと改めて思ってます。もちろんファンのみんなにもね。ありがとう」
漣はなにかに囚われるのを嫌った。
自分を見てくれる人がいないことの孤独さ。
僕はそこに自分と同じものを感じたのかもしれない。
そして、客席からは盛大は拍手が送られた。
漣が礼をして下がると、今度はペンライトがピンクに変わった。
次は一輝の番だからだ。
一輝が一歩前に出て、口を開いた。
「みんなやっほ〜!僕からはちょっとだけ暗い話だけど、聞いてほしいな。僕はね、自分では両親に愛されて育った方だと思うんだ。だけどね、僕はなぜだかそれでは満たされなかった。それでね、ケンカの道にはしっちゃったんだ」
あはは〜と笑った一輝はどこか悲しげだった。
「中学高校とヤンキーだって怖がられたんだ。でも反対に、ずーっとかわいいものは好きだった。男の子なのにかわいいなんて、変なんじゃないかって思ってさ。僕はその思いをケンカでぶつけてきた。そんな僕はかわいいを許された歌い手に憧れたの。それがきっかけだった。その後すぐにスイくんに誘われて、ノヴァに入ったんだ。ノヴァは僕を肯定してくれた。だから僕は、ここまで続けてこれたんだよ。ありがとうね」
そう言って笑った後、一輝は礼をして下がった。
拍手が起こり、またペンライトの色が変化する。
今度は真っ赤なペンライト、紫音の色だ。
「えー、今日はこんなふうに集まってくれてありがとう。遠いところから来ている人もいると思う。そのことに感謝する。そして、俺からも少し話をさせてほしい。俺の両親は外交官で、幼い頃からずっと家にひとりだった。周りの奴もそれに同情してきて、俺にはそれがウザかった。そんな俺は歌が好きだった。たくさんの人と想いを共有できる歌が好きだった。だから、歌い手になった。正直俺はグループなんて組む気はなかった。だけど、ここにいるメンバーは俺をひとりの人間として見てくれた。それが嬉しかった。周りと変わらない自分でいられたことが嬉しかった。ここまで支えてくれたメンバー、そしてファン。ありがとう。そして、これからもよろしく」
いつも無口な紫音がこんなにもしゃべったことに驚いているのかもしれない。
少し間が開いた後、拍手が起こった。
次の色は黄色、莉都の色。
「えっと、みなさんこんばんは黄色担当リツです。俺からは大した話はしないんですが。……えっと、僕は、この顔がコンプレックスです。昔から寄ってくる人はこの顔が好きなだけで、俺を好きなわけじゃなかった。それに加えて、俺の両親はふたりとも病死で中学の頃に突然いなくなりました。俺を守ってくれる人が消えて、俺はなにを信じればいいのかわからなくなりました。けれど、ノヴァに入ったことで全てが変わった。暖かく迎えてくれたメンバーがいて、俺を好きになってくれたファンがいて。本当に幸せな毎日を送っています。本当に感謝しかありません。ありがとう」
ニカッと笑ったあさひくんは、やっぱり卒業前までと一緒だった。
次は僕の番。
変わらない水色のペンライトの海を見ながら、僕は前に出てマイクの電源をオンにした。
「みんな、今日はこの大きな会場に来てくれてありがとう。僕からはあの投稿の真実について話しますね。公式配信でも言った通り、僕は女です。小さい頃から、僕は普通じゃなかった。かわいいものもかっこいいものも好きで、男の子になりたいって強く願った時もあった。両親も僕に女らしくいることを望んだ。だから、僕はずっと自分を出すことができなかった。この日本では、まだXジェンダーの存在はよく思われてないんだよね。だから、僕が女だってことを知ったら、ファンがこういう反応をするってこともわかってたんだ。わかってて隠した」
わかってて、僕は大切な存在を傷つけたんだ。
期待していたかった。
僕が女でも認めてくれるんじゃないかって。
現実はそんなに甘くないのに。
「僕が男だったら認められましたか?」
僕の声は会場に響き渡り、暗闇に見えた。
ここにいるみんなが、きっと今の質問にはうまく答えられないと思う。
僕は男だったら、全て認められていただろうか?
きっと答えは——。
「そんなことないんじゃないかなって僕は思う。僕の性別がどうであれ、僕は認められなかった。そうじゃない。僕が普通じゃないから、ダメなんだよね」
僕はずっとため込んでいた涙を流した。
どれだけ止めようとしても、止まってくれない。
「どうやったら普通になれたんだろう?僕は洗濯をいつ間違えたんだろう。歌い手になんかならなきゃよかった…!そう、いつも思ってたよ。僕は、ここでやめる決断を一度したんだ。僕がファンに否定されるのが耐えられなかったと同時に、僕はメンバーのみんなにそんなことで可能性を潰さないでほしかった。だから、僕はグループを脱退する。そうみんなには言ったんだ。だけど、だけどね…」
言葉につまった僕の隣に、いつの間にか漣が立っていた。
マイクを握り、真剣な顔で言葉をつづった。
「そんなの、許すわけない。スイがいないノヴァは、ノヴァじゃない。そうなったら、俺たちには崩壊の未来しかなかったと思う。みんなもそう思わない?」
ところどころで頷いている子たちが見えた。
僕は最後に一言、声を絞り出した。
「僕はっ…まだここにいていいですか?」
今までにないくらい声が震えていた。
ここで拒否されたら、僕はどうやったってここにいることはできない。
もし受け入れられなかったら——。
「いいよー!」
その言葉が聞こえた瞬間、客席から口々に僕を肯定する言葉が発せられる。
僕はついに声を立てて泣いた。
そんな僕を漣が抱きしめる。
「よかったね」
「レン…!僕っ…僕っ…」
他のメンバーも寄ってきて、僕をギュッと抱きしめた。
ああ、よかった。
本当によかった。
僕はまだここにいていいんだ。
そのことがどうしようもなく、嬉しいや。
***
あの後無事に最後の一曲を歌い終わり、ライブ終わり恒例のお見送り握手会の時間になった。
ファンひとりひとりがメンバー誰かひとりと少しだけ話せる時間。
僕のところにも多くのファンが来てくれた。
「スイくん、やめないでいてくれてありがとう」
「これからも応援してます。活動頑張ってください」
なんて言葉をもらった。
そして残りが30人くらいだとスタッフさんに伝えられた時、あの子が来た。
真っ白な髪に淡い紫色の瞳、黒いワンピースの上にふわっと上着を着ている少女。
「やっぱり来てたんだね、茉央」
彼女の名前は涼風茉央、僕のことを暴露した張本人で僕の中学時代を支えてくれた親友だ。
茉央はふわっと笑った。
「当たり前だし。ていうか、余裕だね。私に暴露されたのに」
「うん。こうして素敵なライブにできたからね」
僕の言葉に、茉央の眉がピクッと反応した。
「茉央、僕に会いに来たってことは言いたいことがあったんでしょ?もし茉央にもう一度大嫌いだとか言われたら、僕は茉央を忘れることにするよ。それだけは覚えておいて」
僕は茉央に冷たい視線を向けた。
茉央の表情が歪んだ、そして僕に勢いよく頭を下げた。
この行動は予想外だった。
「ごめん…!!こんなに大事になると思わなくって…。考えが足りなかったよね。なんか、ごめん…」
顔をあげた茉央は瞳をうるませていた。
そんな茉央に僕はポツリと聞いた。
「どうして…あんなことしたの?やっぱり僕が嫌いだから?」
「っ…!あんたなんか最初から大っ嫌いなんだよ!!」
そう大きな声をあげられて、周りの視線が一気に集まった。
それと同時に、再びあの苦しさが蘇ってきた。
大好きな親友に「大嫌い」と言われる悲しさが。
いや、違う、
この感情は——。
そして、茉央は小さな声でこう付け加えた。
「でも、どうしようもなく好きなんだよ」
「え…?」
「なんでもできるし、自分に自信を持てるし。そんな楓乃が憎くてたまんなかった。だけど、どうやっても嫌いになれなかった。むしろ大好きだったの。楓乃なんか幸せになんなきゃいいって思って、思い切って暴露しちゃったの。……ごめんね。本当に楓乃が苦しそうな姿を見て、私がおかしかったんだって気がついた。あの日大っ嫌いって言っちゃったのも後悔してる」
茉央は中学卒業の日になにか思いが爆発したのか、「あんたなんか大嫌い。二度と関わりたくない」そう言われて別れてしまった。
僕をXジェンダーとして認めてくれた唯一の中学時代の親友だった。
だから、ショックは大きいものだった。
「そ…っか。うん、もういいよ。僕は今、茉央ちゃんの投稿のおかげでこうやって自分をさらけだすことができたから。だから、また親友として仲良くしてよね。約束」
僕はそう言って小指を茉央に向けた。
約束、そう言ってよくふたりで小指を交わしてきた。
それに気がついたのだろう、茉央は恐る恐ると言った様子で小指を絡めた。
「僕はね、知ってたよ。茉央ちゃんは僕のことはきっと嫌ってないって。茉央ちゃんを傷つけてしまう僕の存在が嫌だった。でも、今度は茉央ちゃんを守らせて。スイを好きになってくれてありがとう。櫻川楓乃を好きになってくれてありがとう」
僕の言葉に、強く頷いた茉央ちゃん。
僕はあの日わかっていた。
茉央ちゃんは僕以上に悲しそうな顔をしたから。
それは、僕に言ってしまった言葉への後悔なんじゃないかって。
僕の予想は当たってたみたいだ。
そうして波乱の武道館ライブは幕を閉じた。
だから、最後に残したことをやり遂げよう。
僕は他のメンバーがいなくなったのを見て、漣に声をかけた。
「んじゃ、俺らも楽屋行くか」
「待って漣」
「ん?」
漣は不思議そうな顔をして僕を見た。
「漣、そこに立ってくれない?」
さっきまでファンの子たちと話をしていた場所を指差した。
漣は首を傾げながらも、言われた通りに立ってくれた。
それから僕に笑いかけていった。
「なに?どうしたの?」
「うん、ちょっとね」
僕は小さなテーブルを挟んで、漣の前に立った。
今までで1番緊張しているかもしれない。
——だって、僕の人生で初めての告白なんだもん。
「漣、好きだよ」
僕の突然の言葉に固まった漣。
僕はそんなことは気にせず、言葉を続けた。
「漣はとっても優しいよね。僕はその優しさに助けられたよ。漣と関係が変わったのは、あの日僕が女だってわかった日だったよね。あの日から漣とは女だってバラされないように変な契約を結んだよね。触れられるたびにドキドキして、漣を意識してた。漣が女たらしって話もしてたよね。それで僕たちの距離はもっと近づいた。その日から、僕の中でなにか変わった。ううん、もっと前から変わってたのかもしれないけど。……僕は、その時気がついたんだ。漣と一緒にいると安心するし、触れていたいとも思う。これって漣を好きってことだよね」
そう言って微笑んだ。
漣はなにも言わず、ただ黙って聞いているだけ。
「改めて言うね、僕は漣がどうしようもなく好き。僕を漣の恋人にしてください」
最後にこれを言うのは恥ずかしくて。
僕は少し顔を赤くして上目遣いで漣を見た。
すると、漣は目の前でため息をついた。
「あ、えっと…ごめんね。全然、付き合えるとか思ってないし…!えーっと、楽屋いこっか!」
僕は少しあせって体を回転させた。
だけど、僕は前には進めず漣に抱き寄せられた。
「なんでそんなかわいいの。てか、このタイミングで言うとかよくない」
「え…?」
そう言うと、漣は僕の向きを変えて真っ直ぐに僕を見つめた。
「俺も楓乃のことが好き。……俺でいいの?」
「れ、漣がいいん——」
僕が言い切る前に、漣は自分の唇を僕の唇に重ねた。
ちゅっと音が鳴って漣の顔が離れていく。
い、今っ…!
「やっぱなしは許さないから」
ベーっと舌を出した漣。
僕が言い返そうとすると、左の方でカタンッと音が鳴った。
え?と思って見てみると、5人がしっかりこっちを見ていた。
「公開告白とかやる〜!スイかーっこいー!」
「なっ…な、なんで…!」
「莉都がいいもの見れるかもって」
悪びれもせず言う紫音を、僕は睨んだ。
ていうか、全部見られてたってこと!?
そう思ったら、恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだった。
「かわいーね、楓乃ちゃん」
僕の様子を見て楽しそうに言う漣をひじでつっついた。
それを見て、みんながクスッと笑う。
ああ、日常が戻ってきた。
でもここではまだ僕らは止まっていられない。
まだまだ先の未来があって、僕たちはもっと人気にならなきゃいけない。
僕たちの夢はここから始まっていく。
僕たちの物語は、神様にも予想できない歌い手界を揺るがす最高のものになるんだから。
ついに今日は重大発表の日、ファンに武道館ライブを公開する日だ。
今日は収録がなかったから、メンバーに会うのは今から。
今日の収録は紫音の家でやるんだ。
紫音の両親は外交官で、今は海外出張に行っていて家にいないんだ。
家はすごく広くて防音室まで作ってくれたんだって。
お金持ちはやることが違うよなぁ。
そうして僕は紫音の家について、インターホンを押した。
『入って』
紫音の声が聞こえて、門が自動で開かれた。
いつもこれ慣れないんだよな。
そう思いながら、家の中に入り誰もいない廊下を歩いて2階の防音室に向かった。
ガチャ。
「あ!スイ来た〜!もうっ、遅い〜」
一輝がふくれた様子でそう言った。
僕は「ごめん」と言って苦笑いをした。
真っ白な壁で作られた防音室は無駄に広くて驚いてしまう。
しっかりと機材も置かれていて、すぐにでも配信が始められそうだ。
配信は8時からだからあと30分くらいかな。
時間を確認していると、ふと目の前に影が落ちた。
漣かなと思って見ると、そこには紫音が立っていた。
「スイ、来て」
相変わらず無愛想に言った後、僕の腕を強引に引っ張って部屋から出た。
僕は驚いてなにも言えなかったが、我にかえって止める。
「ちょ、ちょっと紫音!!」
そう止めてみるも、力の強い紫音に勝てるはずはなくて。
僕は半ば引きずられるようにして連れて行かれた。
連れて行かれた部屋は紫音の部屋で、強引に中に入れられる。
「もう、なんなの?いつも強引なんだから」
はぁ…と僕はため息をつく。
その瞬間、握られた手首にさらに力が込められた。
痛くて一瞬顔を歪める。
「い、痛っ…!ちょっとしお——」
「本当に、いいのかよ」
「え…?」
突然言われた言葉に、僕は息を呑んだ。
「だから、いいのかって聞いてんだ。どうなるかなんて想像ついてんだろ。ファンに想像以上の言葉を浴びせられるかもしれない。生きづらくなるかもしれない。そう考えたら、ここで降りるのがいいんじゃねぇのかよ」
紫音の言いたいことはわかった。
僕を心配してくれてるんだ。
不器用なりに僕にこうやって伝えてくれて、なんだか嬉しく感じだ。
「うん、そうかもしれない。誰だって辛い道は歩みたくないよ。でもね、それじゃあ一生進めない。ここで逃げたら、僕は一生後悔する。だから…紫音も応援してくれないかな」
紫音は大きく目を見開いた。
僕が首を傾げると、今度は紫音がため息をついて手を離してくれた。
「…わかった。ごめん、こんなことして。でも、スイの意思が聞けてよかった。俺も全力でスイのこと支えるから、いつでも頼って」
驚いた、紫音がこんなこと言うなんて。
でも、それだけ考えてくれていたのだろう。
「ありがとう」
僕はただ一言、そう言った。
——僕は久しぶりに紫音が気恥ずかしそうに笑うところを見た。
それから再び戻ってきた僕は、ひたすらに時間を潰した。
そわそわしてなにかをやる気は起きなかった。
そして、配信開始1分前。
それぞれが席につき、配信が開始されるのを待った。
——3、2、1。
僕は心の中でカウントダウンをして、ちょうど8時になった時配信開始をタップした。
「ノヴァのリスナーのみんな、こんばんは。緑担当サブリーダーのレンです」
画面上にはみんなのヴァーチャル体が映っている。
ただひとり、僕をのぞいて。
僕は最初からいつも通り笑って配信をすることができない。
だから、重大発表をした後に僕は出るんだ。
『こんばんはー!』
『あれ?スイくんは?』
『炎上してるから笑』
『ノヴァ抜けるのかな?』
『当たり前でしょ』
僕はただ、流れていくコメントをながめているだけ。
「今日は集まってくれてありがとう!ピンク担当のねむくんだよ〜。今日も盛り上がっていこー!!」
今日も元気に挨拶をする一輝。
「赤色担当シキ」
いつものように無愛想に挨拶をする紫音。
「黄色担当のリツです。今日は大事な発表があるから、しっかり聞いてほしいな。よろしくね」
ファンに優しく声をかける莉都。
「みんなやっほ〜!今日の重大発表、来てくれてありがとう!青色担当のシュウです!」
明るく元気に挨拶をする灯真。
そこに僕はいない。
ノヴァにいたいと思うのに、時々自分はいなくていいんじゃないかって気になる。
そんな僕に気がついてか、隣に座る漣が僕の手を握った。
その手は僕と同じくらい震えていた。
僕はキュッと自分の口を結んだ。
『ここにいていい』
たしかにそう言われてるみたいで、嬉しかったんだ。
「それじゃ、さっそく重大発表にいくか。みんな、準備いい?」
漣の問いかけに、素早くコメントが流れていく。
『もう!?はやい!』
『重大発表なんだろ?』
『どうせスイくんのことでしょ』
この重大発表は、きっとファンの誰も予想していない。
みんな僕のことだと思っているから。
「準備いいみたいだね〜!それじゃ、こちらをご覧ください」
一輝の合図で、僕は画面にあらかじめ用意した動画を再生させた。
画面が暗くなり、ドンッと重大発表の文字が表示される。
それにのしかかるように書かれた「過去最高の」という文字。
少しその画面で固まった後、音が流れる。
僕がここ最近で作曲して、メンバーで収録をした曲だ。
『さあ、僕たちの夢はここからだ。Trajectory《トラジェクトリー》、僕たちの軌跡をここで証明しよう。日本武道館ライブ、開催決定』
僕の声が流れた途端に、コメントが加速する。
『武道館ライブ!?』
『スイくんの声だ!!』
『え!?どういうこと!?』
そんなコメントだらけに中、動画は終わっていく。
チケットのプレオーダーの予定が張り出された後、ヴァーチャル画面に戻ってくる。
「楓乃」
漣に声をかけられてハッとした僕は、ヴァーチャル体をオンにする。
その瞬間、僕の3年愛用しているイラストが画面に現れた。
ここからは僕の番だ。
「みなさん、こんばんはスイです。今日は少し僕の話を聞いてください」
そして、僕はひとつ間をあけて言った。
「みんなは多分知ってると思うけど、今僕はSNSでふたつのことが暴露されて炎上…をしてる状態です。まず、SNSで言われていることは全て事実です。僕の本名は櫻川楓乃だし、性別は今まで隠してたけど女です」
怖くてコメント欄が見れない。
今、なにを言われているのか見れない。
僕はやっぱり臆病だから。
でも、これだけは伝えておきたい。
「まず、黙っていたということについて謝罪します。僕はわかっていて女であることを隠し、活動をここまで続けてきました。けれど、スイとしての活動はなにひとつ嘘はありませんでした。あれが本当の僕なんです。そして、メンバーのみんなもスイはスイだから、性別は関係ないって言ってくれたんです。だから僕は、まだここにいたい。活動をやめるなんて、ノヴァをさっていくなんて選択肢はとりたくない。わがままでごめんなさい。でも、僕はこれからもファンに向き合って、自分に嘘偽りなく活動をしたい。だから、今回武道館ライブを決めました。どうかそこで、僕の決意を聞いてください。お願いします」
突然ポンとなでられたような感触があって、僕はキュッとつむっていた目を開けた。
ヴァーチャル体は腕までは映らないから、ファンの間では見えていないはずだ。
それでも、少しヒヤッとする。
「この際だから、ファンに言わせてもらう。スイを責めるのはおかしいんじゃねぇの?」
責めるような口調で言った漣。
ファンにそんな態度でいいの?と一瞬思ったが、なにも言わないことにした。
「いつスイが騙したんだ?スイは最初から女とも男とも言ってなかっただろ。それをあーだこーだいうのはおかしいと俺は思う。お前らはスイのなにを見てきたんだよ」
「うんうん。僕もそう思うな!」
漣がズバッと言ったからなのか、一輝も入ってきた。
「スイはさ、いつも優しくて気が利いて誰よりもファン想いな自慢のリーダーなんだ。だから、スイのこと悪くいうのは、ファンでもちょーっと許せないよ?」
「俺も。女だから、で?なんだよ?って感じ。それでスイはなにか変わるのかよ」
「そうだね〜。みんなには、もっとスイくんのことをしっかり見てほしいな」
「俺も!スイは俺らを支えてくれた唯一無二の存在なんだ。スイがいなくなってうれしいわけねぇ!!」
紫音、莉都、灯真も続いてそう言ってくれた。
一緒になってファンを説得してくれる5人の存在が頼もしかった。
『たしかにそうだよね…』
『私たち、スイくんなにを見てたんだろう』
『女の子でもスイくんはなにも変わらないよね』
『スイくんごめんなさい!』
『許して〜!!』
『ごめんなさい』
そういったコメントが続々と流れてきていた。
僕の想いが、メンバーの言葉が少しは伝わってくれたのかな?
そう思ったらホッとできた。
「うん、みんな。そう言ってくれてありがとう。どれだけ非難されても、僕は好きな道に進むよ。実力でまたファンを増やしていく。そんなスイに会いにきてね。活動当初から夢に見た武道館ライブ。絶対成功させよう!!」
***
あれから時が流れるのは早いもので、4ヶ月という月日が経った。
その間にもいつも通りの活動を続けた。
それにプラスで、毎日武道館ライブに向けてみんなで練習をした。
今回は関係者席に僕の両親、漣のお父さん、ヴィータのメンバー、ブラヴールのメンバーを招待してる。
そして見事に、席は全て完売、当日券も即完売、追加席も即完売となった。
そしてSNSで拡散続ける3つの投稿があった。
『このライブで僕の決意をみんなに伝えます。
絶対に見にきてください。
僕の声を、僕の歌を目の前で聞いてほしい。
ここで僕たちの軌跡が奇跡に変わる瞬間を見せます。
Sui』
『活動当初からの夢だった武道館ライブが開催決定。
このライブではSuiからはもちろん、他のメンバーからの決意と経験が語られます。
4時間という長い公演になりますが、ぜひお越しください。
夢はまだ始まったばかり。
ノヴァ』
『久しぶりにアカウントを動かしましが、この投稿にお気づきでしょうか?
元ブラヴール水色担当Asahiです。
この度ノヴァの水色担当Suiくんからのお誘いを受けて、武道館ライブに特別出演させていただくことになりました。
音声のみの生配信もあるそうなので、ぜひ聞いてください。
Asahi』
歌い手界が確実に揺らいだ瞬間だった。
***
「よ〜しメイク完了!どうどう!?かっこよくなーい?」
ハイテンションで言った一輝が僕に鏡を突きつけてくる。
そこには、いつも以上に整ったメイクをした自分の顔があった。
「うん、ありがとう一輝。あと30分で公演開始だね。もう席はいっぱいなのかな?」
「うーん、わかんないけど、スタッフさんは人がめっちゃいる!って言ってたよ。……楽しみだね」
少し間を開けたあたり、なにか考えることがあったのだろう。
だけど僕はなにも聞かず、ただ笑って見せた。
「うん。すっごく楽しみ!」
僕たちは今日という日のために努力を重ねてきた。
だから、大丈夫。
僕らはここから一歩一歩進んでいくんだ。
そうして時間が過ぎ、あっという間に公演開始5分前に。
ステージ裏でスタンバイをする。
その間、僕は漣に話しかけた。
「漣、公演が終わったら言いたいことがあるんだ。いい?」
少し驚いた表情をした後、いつもの笑顔で頷いてくれた。
「もちろん」
その時、アナウンスが鳴った。
開始の合図だ。
『これより、ノヴァの公演を開始します』
ノヴァのライブは、必ずリーダーの一言で始まる。
今回の一言は——決まってる。
「僕たちが大きく変わる時だ。さあ、行こう。これまでの軌跡を積み重ねたステージへ」
『きゃぁぁぁ!!!』
黄色い歓声が上がり、僕たちはステージへあがっていった。
緑、ピンク、赤、黄色、青。
そのカラーの中にぽつりぽつりと浮かぶ水色のペンライト。
一瞬だけその光景にズキリと胸を傷ませた。
だけど、そんな暇はなく音楽が流れてくる。
この曲は『フィクション』。
この武道館ライブのためにかきあげた曲。
僕の大切な曲。
「フィクション。なにもかもが偽りの世界。なにも色付かなくて退屈な世界。また歩み出す」
僕のパートから始まる。
最初で良かったのかもしれない。
だって、もう涙が出てくる。
悲しいのかもしれない、嬉しいのかもしれない。
だけどただ——。
「「この世界で生きていたい」」
漣と視線があった。
彼のパートの歌詞と、僕の声が重なった。
ファンのみんなには重ねたように聞こえただろうか。
ふわりと微笑んだ漣に、僕は笑い返すことができた。
なんて幸せなんだろう。
今、このステージに6人で立っていられることが嬉しいや。
そう考えながら4曲が過ぎ、ソロ曲へと突入した。
5人の曲を僕はただ満たされた気持ちで聴いた。
なんだか足元がふわふわする中、僕の番がきた。
ステージのど真ん中。
そこにはピアノが堂々と置いてあった。
僕の大好きなピアノが。
その時、軽く背中をトンッと誰かに押された。
ゆっくりと振り返れば、今から一緒に出るあさひくんだった。
「行くんやろ。ほら、大丈夫」
そう言って腕を引かれ、僕はステージに出ていった。
その途端、僕の不安は消え去った。
客席が全て水色で染められている。
こんな光景を見ることが許されるのだろうか。
こんな僕に。
再び涙が出そうになるのをこらえ、僕は笑うあさひくんの隣に立った。
そして僕は言葉を発した。
「ありがとう。ありがとう」
なにを言えばいいのかもわからなかった。
ただ、感謝を伝えたかった。
こんな僕に味方をしてくれるファンのみんなに。
あさひくんは今にも泣きそうな僕の肩に腕を回し、いつもの明るい声で言った。
「みんなー!!あさひだぞーー!!!今からスイくんと歌う曲、聞いてほしいな」
僕から離れる時、「いける?」と聞かれて僕はすぐに頷いた。
僕があさひくんのファンだった時から何度夢見た光景だったろう。
あさひくんの隣に立つ日を待っていたんだ。
あさひくんがピアノの前に立ち、ゆっくりと音を奏でた。
僕は深く息を吸い込み、歌詞を口にした。
「なぜだろう?どうして僕は好きに生きられない。なぜだろう?僕が普通じゃないのは。なにもわからない。僕は自分らしく生きているだけだ。なのにどうして満たされないのだろう?」
いつも考えていたことだった。
普通になれない僕がダメなのかと。
満たされない日々は、どうやったら満たされるのだろうと。
孤独だったのだ。
ただただ誰かに寄り添ってほしかっただけ。
だから、こんなにも僕のカラーで会場が包まれていることが嬉しい。
僕の満たされない日々を歌詞に書いた。
そして、深い深いあさひくんのピアノの音と共に彼のパートがあさひくんによて歌われる。
「僕は全てを諦めた。きっとできないのだと。なにも信じられなくて。どうしよう。なら全部諦めてしまえと。僕は普通になれないんだ。僕にはもうなにも愛せない」
そしてサビパート。
僕とあさひくんの声が、重なった。
まるで全てが一体化したようで心地が良かった。
「「ああ、宝石の毎日よ。僕を照らした日々たちよ。気がつけなかった。それはただ僕には宝石の毎日で。君と過ごせた日々が幸せで。愛しくて、大事だってこと。この手に希望をくれた、僕の大切なもの」」
本当に、その通りなんだよ。
今まで気がつけなかったんだ、毎日のその行動が僕にとっては全てが宝物だったこと。
ノヴァは僕の宝物。
あさひくんと同じくらいに大好きだ。
——大好きだよ。
活動してきたこの日々全てが、僕の永遠の宝物だ。
これまでも、これからも。
僕の自慢のグループだから。
「「大好きだよ。愛してる」」
僕の最初で最後の、夢のようなふたりだけのステージだった。
あさひくん、ありがとう。
僕をこんなに強くしてくれて。
「どういたしまして」そう返されたような気がした。
あさひくんの笑顔は、今までで1番きれいだった。
***
楽しい時間は刻々と過ぎていく。
20曲ほどの曲数を歌い切り、残り一曲となったところでMCの時間がきた。
今日のメインと言っていいほど、大事な時間だ。
メンバー6人とあさひくんが等間隔に並び、まずは僕が口を開いた。
「みんな、今日は来てくれてありがとう。全ての席が完売ということで、僕たちはこの最高のステージに立つことができました。それは、みんなが僕たちを信じてついてきてくれたおかげです。ここからは、メンバーひとりひとりから大事な話をしてもらいます。聞いてください」
そう言って、僕は自分のマイクをオフにした。
僕は最後なので、自分の番はしばらく後だからだ。
まず初めに漣からの話だ。
それを知ってか、客席のペンライトはほとんどが緑に変わった。
「まずは、俺たちにステージに立たせてくれてありがとう。ファンのみんなには感謝してもしきれません。そんな大事なファンのみんなに、俺たちはもっと自分を知ってほしいと考えました。聞いてくれますか?」
その言葉にペンライトが振られる。
まるで「いいよ」と言っているみたいだ。
「ありがとう。……まず初めに、俺の本名は夏神漣。日本では有名な財閥の本家の息子で、たったひとりの跡継ぎ候補でもあります」
衝撃の一言に、客席からは「えー!?」という声があがる。
「そんな俺は跡継ぎという立場が嫌いだった。大人たちからは気に入られようと媚を売られるし、同い年の子だって俺の地位がほしくて近づいてきていたのはわかっていたから。だから、俺はよく家を飛び出していった。そこで俺は外の世界を知った。歌い手という存在を知った。俺はその自由な存在に憧れた。そんな思い切りで始めた活動だったけど、スイに出会ってこんなに素敵なステージに立つことができた。スイは俺をただの漣として見てくれたんだ。だから、そんな人に出会えて俺は本当に幸せな奴だなと改めて思ってます。もちろんファンのみんなにもね。ありがとう」
漣はなにかに囚われるのを嫌った。
自分を見てくれる人がいないことの孤独さ。
僕はそこに自分と同じものを感じたのかもしれない。
そして、客席からは盛大は拍手が送られた。
漣が礼をして下がると、今度はペンライトがピンクに変わった。
次は一輝の番だからだ。
一輝が一歩前に出て、口を開いた。
「みんなやっほ〜!僕からはちょっとだけ暗い話だけど、聞いてほしいな。僕はね、自分では両親に愛されて育った方だと思うんだ。だけどね、僕はなぜだかそれでは満たされなかった。それでね、ケンカの道にはしっちゃったんだ」
あはは〜と笑った一輝はどこか悲しげだった。
「中学高校とヤンキーだって怖がられたんだ。でも反対に、ずーっとかわいいものは好きだった。男の子なのにかわいいなんて、変なんじゃないかって思ってさ。僕はその思いをケンカでぶつけてきた。そんな僕はかわいいを許された歌い手に憧れたの。それがきっかけだった。その後すぐにスイくんに誘われて、ノヴァに入ったんだ。ノヴァは僕を肯定してくれた。だから僕は、ここまで続けてこれたんだよ。ありがとうね」
そう言って笑った後、一輝は礼をして下がった。
拍手が起こり、またペンライトの色が変化する。
今度は真っ赤なペンライト、紫音の色だ。
「えー、今日はこんなふうに集まってくれてありがとう。遠いところから来ている人もいると思う。そのことに感謝する。そして、俺からも少し話をさせてほしい。俺の両親は外交官で、幼い頃からずっと家にひとりだった。周りの奴もそれに同情してきて、俺にはそれがウザかった。そんな俺は歌が好きだった。たくさんの人と想いを共有できる歌が好きだった。だから、歌い手になった。正直俺はグループなんて組む気はなかった。だけど、ここにいるメンバーは俺をひとりの人間として見てくれた。それが嬉しかった。周りと変わらない自分でいられたことが嬉しかった。ここまで支えてくれたメンバー、そしてファン。ありがとう。そして、これからもよろしく」
いつも無口な紫音がこんなにもしゃべったことに驚いているのかもしれない。
少し間が開いた後、拍手が起こった。
次の色は黄色、莉都の色。
「えっと、みなさんこんばんは黄色担当リツです。俺からは大した話はしないんですが。……えっと、僕は、この顔がコンプレックスです。昔から寄ってくる人はこの顔が好きなだけで、俺を好きなわけじゃなかった。それに加えて、俺の両親はふたりとも病死で中学の頃に突然いなくなりました。俺を守ってくれる人が消えて、俺はなにを信じればいいのかわからなくなりました。けれど、ノヴァに入ったことで全てが変わった。暖かく迎えてくれたメンバーがいて、俺を好きになってくれたファンがいて。本当に幸せな毎日を送っています。本当に感謝しかありません。ありがとう」
ニカッと笑ったあさひくんは、やっぱり卒業前までと一緒だった。
次は僕の番。
変わらない水色のペンライトの海を見ながら、僕は前に出てマイクの電源をオンにした。
「みんな、今日はこの大きな会場に来てくれてありがとう。僕からはあの投稿の真実について話しますね。公式配信でも言った通り、僕は女です。小さい頃から、僕は普通じゃなかった。かわいいものもかっこいいものも好きで、男の子になりたいって強く願った時もあった。両親も僕に女らしくいることを望んだ。だから、僕はずっと自分を出すことができなかった。この日本では、まだXジェンダーの存在はよく思われてないんだよね。だから、僕が女だってことを知ったら、ファンがこういう反応をするってこともわかってたんだ。わかってて隠した」
わかってて、僕は大切な存在を傷つけたんだ。
期待していたかった。
僕が女でも認めてくれるんじゃないかって。
現実はそんなに甘くないのに。
「僕が男だったら認められましたか?」
僕の声は会場に響き渡り、暗闇に見えた。
ここにいるみんなが、きっと今の質問にはうまく答えられないと思う。
僕は男だったら、全て認められていただろうか?
きっと答えは——。
「そんなことないんじゃないかなって僕は思う。僕の性別がどうであれ、僕は認められなかった。そうじゃない。僕が普通じゃないから、ダメなんだよね」
僕はずっとため込んでいた涙を流した。
どれだけ止めようとしても、止まってくれない。
「どうやったら普通になれたんだろう?僕は洗濯をいつ間違えたんだろう。歌い手になんかならなきゃよかった…!そう、いつも思ってたよ。僕は、ここでやめる決断を一度したんだ。僕がファンに否定されるのが耐えられなかったと同時に、僕はメンバーのみんなにそんなことで可能性を潰さないでほしかった。だから、僕はグループを脱退する。そうみんなには言ったんだ。だけど、だけどね…」
言葉につまった僕の隣に、いつの間にか漣が立っていた。
マイクを握り、真剣な顔で言葉をつづった。
「そんなの、許すわけない。スイがいないノヴァは、ノヴァじゃない。そうなったら、俺たちには崩壊の未来しかなかったと思う。みんなもそう思わない?」
ところどころで頷いている子たちが見えた。
僕は最後に一言、声を絞り出した。
「僕はっ…まだここにいていいですか?」
今までにないくらい声が震えていた。
ここで拒否されたら、僕はどうやったってここにいることはできない。
もし受け入れられなかったら——。
「いいよー!」
その言葉が聞こえた瞬間、客席から口々に僕を肯定する言葉が発せられる。
僕はついに声を立てて泣いた。
そんな僕を漣が抱きしめる。
「よかったね」
「レン…!僕っ…僕っ…」
他のメンバーも寄ってきて、僕をギュッと抱きしめた。
ああ、よかった。
本当によかった。
僕はまだここにいていいんだ。
そのことがどうしようもなく、嬉しいや。
***
あの後無事に最後の一曲を歌い終わり、ライブ終わり恒例のお見送り握手会の時間になった。
ファンひとりひとりがメンバー誰かひとりと少しだけ話せる時間。
僕のところにも多くのファンが来てくれた。
「スイくん、やめないでいてくれてありがとう」
「これからも応援してます。活動頑張ってください」
なんて言葉をもらった。
そして残りが30人くらいだとスタッフさんに伝えられた時、あの子が来た。
真っ白な髪に淡い紫色の瞳、黒いワンピースの上にふわっと上着を着ている少女。
「やっぱり来てたんだね、茉央」
彼女の名前は涼風茉央、僕のことを暴露した張本人で僕の中学時代を支えてくれた親友だ。
茉央はふわっと笑った。
「当たり前だし。ていうか、余裕だね。私に暴露されたのに」
「うん。こうして素敵なライブにできたからね」
僕の言葉に、茉央の眉がピクッと反応した。
「茉央、僕に会いに来たってことは言いたいことがあったんでしょ?もし茉央にもう一度大嫌いだとか言われたら、僕は茉央を忘れることにするよ。それだけは覚えておいて」
僕は茉央に冷たい視線を向けた。
茉央の表情が歪んだ、そして僕に勢いよく頭を下げた。
この行動は予想外だった。
「ごめん…!!こんなに大事になると思わなくって…。考えが足りなかったよね。なんか、ごめん…」
顔をあげた茉央は瞳をうるませていた。
そんな茉央に僕はポツリと聞いた。
「どうして…あんなことしたの?やっぱり僕が嫌いだから?」
「っ…!あんたなんか最初から大っ嫌いなんだよ!!」
そう大きな声をあげられて、周りの視線が一気に集まった。
それと同時に、再びあの苦しさが蘇ってきた。
大好きな親友に「大嫌い」と言われる悲しさが。
いや、違う、
この感情は——。
そして、茉央は小さな声でこう付け加えた。
「でも、どうしようもなく好きなんだよ」
「え…?」
「なんでもできるし、自分に自信を持てるし。そんな楓乃が憎くてたまんなかった。だけど、どうやっても嫌いになれなかった。むしろ大好きだったの。楓乃なんか幸せになんなきゃいいって思って、思い切って暴露しちゃったの。……ごめんね。本当に楓乃が苦しそうな姿を見て、私がおかしかったんだって気がついた。あの日大っ嫌いって言っちゃったのも後悔してる」
茉央は中学卒業の日になにか思いが爆発したのか、「あんたなんか大嫌い。二度と関わりたくない」そう言われて別れてしまった。
僕をXジェンダーとして認めてくれた唯一の中学時代の親友だった。
だから、ショックは大きいものだった。
「そ…っか。うん、もういいよ。僕は今、茉央ちゃんの投稿のおかげでこうやって自分をさらけだすことができたから。だから、また親友として仲良くしてよね。約束」
僕はそう言って小指を茉央に向けた。
約束、そう言ってよくふたりで小指を交わしてきた。
それに気がついたのだろう、茉央は恐る恐ると言った様子で小指を絡めた。
「僕はね、知ってたよ。茉央ちゃんは僕のことはきっと嫌ってないって。茉央ちゃんを傷つけてしまう僕の存在が嫌だった。でも、今度は茉央ちゃんを守らせて。スイを好きになってくれてありがとう。櫻川楓乃を好きになってくれてありがとう」
僕の言葉に、強く頷いた茉央ちゃん。
僕はあの日わかっていた。
茉央ちゃんは僕以上に悲しそうな顔をしたから。
それは、僕に言ってしまった言葉への後悔なんじゃないかって。
僕の予想は当たってたみたいだ。
そうして波乱の武道館ライブは幕を閉じた。
だから、最後に残したことをやり遂げよう。
僕は他のメンバーがいなくなったのを見て、漣に声をかけた。
「んじゃ、俺らも楽屋行くか」
「待って漣」
「ん?」
漣は不思議そうな顔をして僕を見た。
「漣、そこに立ってくれない?」
さっきまでファンの子たちと話をしていた場所を指差した。
漣は首を傾げながらも、言われた通りに立ってくれた。
それから僕に笑いかけていった。
「なに?どうしたの?」
「うん、ちょっとね」
僕は小さなテーブルを挟んで、漣の前に立った。
今までで1番緊張しているかもしれない。
——だって、僕の人生で初めての告白なんだもん。
「漣、好きだよ」
僕の突然の言葉に固まった漣。
僕はそんなことは気にせず、言葉を続けた。
「漣はとっても優しいよね。僕はその優しさに助けられたよ。漣と関係が変わったのは、あの日僕が女だってわかった日だったよね。あの日から漣とは女だってバラされないように変な契約を結んだよね。触れられるたびにドキドキして、漣を意識してた。漣が女たらしって話もしてたよね。それで僕たちの距離はもっと近づいた。その日から、僕の中でなにか変わった。ううん、もっと前から変わってたのかもしれないけど。……僕は、その時気がついたんだ。漣と一緒にいると安心するし、触れていたいとも思う。これって漣を好きってことだよね」
そう言って微笑んだ。
漣はなにも言わず、ただ黙って聞いているだけ。
「改めて言うね、僕は漣がどうしようもなく好き。僕を漣の恋人にしてください」
最後にこれを言うのは恥ずかしくて。
僕は少し顔を赤くして上目遣いで漣を見た。
すると、漣は目の前でため息をついた。
「あ、えっと…ごめんね。全然、付き合えるとか思ってないし…!えーっと、楽屋いこっか!」
僕は少しあせって体を回転させた。
だけど、僕は前には進めず漣に抱き寄せられた。
「なんでそんなかわいいの。てか、このタイミングで言うとかよくない」
「え…?」
そう言うと、漣は僕の向きを変えて真っ直ぐに僕を見つめた。
「俺も楓乃のことが好き。……俺でいいの?」
「れ、漣がいいん——」
僕が言い切る前に、漣は自分の唇を僕の唇に重ねた。
ちゅっと音が鳴って漣の顔が離れていく。
い、今っ…!
「やっぱなしは許さないから」
ベーっと舌を出した漣。
僕が言い返そうとすると、左の方でカタンッと音が鳴った。
え?と思って見てみると、5人がしっかりこっちを見ていた。
「公開告白とかやる〜!スイかーっこいー!」
「なっ…な、なんで…!」
「莉都がいいもの見れるかもって」
悪びれもせず言う紫音を、僕は睨んだ。
ていうか、全部見られてたってこと!?
そう思ったら、恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだった。
「かわいーね、楓乃ちゃん」
僕の様子を見て楽しそうに言う漣をひじでつっついた。
それを見て、みんながクスッと笑う。
ああ、日常が戻ってきた。
でもここではまだ僕らは止まっていられない。
まだまだ先の未来があって、僕たちはもっと人気にならなきゃいけない。
僕たちの夢はここから始まっていく。
僕たちの物語は、神様にも予想できない歌い手界を揺るがす最高のものになるんだから。