婚約者に「いらない」と言われた私が、愛され妻を演じることになりました
運命を変えた一日
「凪は本当に使えないね」
私の横をすり抜けた婚約者の肩が、偶然を装ったようにぶつかる。こちらはふらりと体が揺らいだが、相手に気にする様子はない。
「ただ愛想よくして食事をしていればいいだけなのに、それすらできないなんて……はあ」
心底失望したとでも言いたげな重いため息を吐いたその人は、政治家の鏑木彰。
今日は彼の支援者との食事会だと言われて、この料亭までやってきた。
彰さんは、早世した父親の地盤を三十五歳という若さで引き継いだばかりだ。まだ態勢の整わない状況にあり、父の代から世話になっている支援者への挨拶回りが続く。
今日会っていた人も、なんとしても縁を維持したいうちのひとりだ。
最近はこういう大切な席に私を伴い、近々妻となる女性だと紹介されることが続いている。
「申し訳ありません」
「辛気臭いんだよ」
失敗をしないように気をつけていたが、私の振る舞いが気に入らなかったらしい。だから相手を見送った早々にひと目につかない端へ連れられ、こうして詰め寄られている。
「今回も、間違った情報を入れてきたよね」
誰かに引き合わされるときは、事前に用意された資料に目を通さなければならない。そこで得た情報を彼にレクチャーすることも、婚約者である私の役割のひとつだという。
今日は、長年ゴルフを趣味にしていた男性との食事会だった。
しかし彼は去年、奥様が体調を崩してしまわれたことをきっかけに、休日は夫婦で過ごす時間を大切にするようになった。以来、一度もゴルフに行っていない。
そう事前に説明していたはずだが、彰さんは奥様の体調がよくないという部分しか説明を聞いていなかったのだろう。『近々、一緒にゴルフでも……』と言いかけた彼を私が咄嗟に止めた。
すぐに違う話題に振り事なきを得たが、正確な情報を確実に届くように話さなかった私に非があるのだと責められる。
「君の親に頼まれて、仕方なく婚約したんだよ。わかってるかな?」
さっきから辛らつな言葉を放っていながら、その表情は穏やかな好青年そのもの。やりとりさえ聞こえなければ、親密な距離感で仲睦まじげに過ごしているように見えるのかもしれない。
言葉と表情が一致しないその異様な様子が私の恐怖心を煽り、絶望感が大きく膨れ上がる。
「申し訳、ありません」
「はあ。それしか言えないの?」
彼は笑みを浮かべてみせたものの、その瞳はまったく笑っていない。
私の横をすり抜けた婚約者の肩が、偶然を装ったようにぶつかる。こちらはふらりと体が揺らいだが、相手に気にする様子はない。
「ただ愛想よくして食事をしていればいいだけなのに、それすらできないなんて……はあ」
心底失望したとでも言いたげな重いため息を吐いたその人は、政治家の鏑木彰。
今日は彼の支援者との食事会だと言われて、この料亭までやってきた。
彰さんは、早世した父親の地盤を三十五歳という若さで引き継いだばかりだ。まだ態勢の整わない状況にあり、父の代から世話になっている支援者への挨拶回りが続く。
今日会っていた人も、なんとしても縁を維持したいうちのひとりだ。
最近はこういう大切な席に私を伴い、近々妻となる女性だと紹介されることが続いている。
「申し訳ありません」
「辛気臭いんだよ」
失敗をしないように気をつけていたが、私の振る舞いが気に入らなかったらしい。だから相手を見送った早々にひと目につかない端へ連れられ、こうして詰め寄られている。
「今回も、間違った情報を入れてきたよね」
誰かに引き合わされるときは、事前に用意された資料に目を通さなければならない。そこで得た情報を彼にレクチャーすることも、婚約者である私の役割のひとつだという。
今日は、長年ゴルフを趣味にしていた男性との食事会だった。
しかし彼は去年、奥様が体調を崩してしまわれたことをきっかけに、休日は夫婦で過ごす時間を大切にするようになった。以来、一度もゴルフに行っていない。
そう事前に説明していたはずだが、彰さんは奥様の体調がよくないという部分しか説明を聞いていなかったのだろう。『近々、一緒にゴルフでも……』と言いかけた彼を私が咄嗟に止めた。
すぐに違う話題に振り事なきを得たが、正確な情報を確実に届くように話さなかった私に非があるのだと責められる。
「君の親に頼まれて、仕方なく婚約したんだよ。わかってるかな?」
さっきから辛らつな言葉を放っていながら、その表情は穏やかな好青年そのもの。やりとりさえ聞こえなければ、親密な距離感で仲睦まじげに過ごしているように見えるのかもしれない。
言葉と表情が一致しないその異様な様子が私の恐怖心を煽り、絶望感が大きく膨れ上がる。
「申し訳、ありません」
「はあ。それしか言えないの?」
彼は笑みを浮かべてみせたものの、その瞳はまったく笑っていない。
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