婚約者に「いらない」と言われた私が、愛され妻を演じることになりました
「従弟夫婦から、一緒に食事をどうかと声をかけられているんだが」

 十一月も終わりが近づいたある日、夕食を食べているときに凌也さんがそんなことを言い出した。

「俺の秘書を務めている男で、彼は社内結婚したから奥さんもうちの社員だ」

「そうなんですね」

 どちらかというと、親族同士の顔合わせのようなものだろうか。

 凌也さんのご両親には、結婚してすぐに挨拶をしている。
 お義父様はもともと自由にしていいと言っていたそうで、お会いしたときは笑みを浮かべて迎えてくれた。事前に凌也さんが話しをしておいてくれたおかげもあるのだろう。

 家族関係が厄介だと、反対されないか心配だった。けれどお義父様は私の境遇に同情し、『これからは凌也が幸せにしてやるんだぞ――凪さん。困ったことがあったら、いつでも頼っておいで』とまで言ってくれた。

 結婚を急かしていたというお義母様は、自分の薦めた相手ではなかったことに若干不満があったようだ。
 けれど、それを私に向けはしなかった。柔らかな表情で『よろしくね、凪さん』と言ってくれたときは、大きく安堵した。

 ご両親以外の親族とは、まだ一度もお会いしていない。
 それに凌也さんの多忙を理由に、結婚式については今のところゆっくり考えていくとだけ伝えている。

 契約結婚にすぎないのだから、実際にはなにも進めていないというところ。
 別れる時期については話し合っていなかったけれど、いつかはそのときがくる。だから、大掛かりな会は開かない方がいいと思っている。

 そんな立場の私だけど、従弟であり彼の秘書も務めている人なら挨拶もしないのは失礼になりそうだ。

「何回かふたりで食事に行ったが、凪はもともとマナーに問題はない。所作も綺麗だし、気遣いもできる。緊張はするかもしれないが、なにかあれば俺が必ずフォローを入れるから心配はいらない」

「心強いです。私も、がんばります」

 仕事というわけじゃないけれど、ようやく彼の妻としての役割を果たせる。

「身構えなくてもいいからな」

 そう言って、凌也さんは苦笑した。

 場慣れしていない私に経験を積ませようと、凌也さんはこれまでに何度か食事に連れ出してくれている。一度も入ったことのないような高級なお店ばかりで、最初は緊張してろくに食べられないほどだった。

 私が落ち着かないせいで、きっと彼に恥ずかしい思いをさせていただろう。
 でも凌也さんは、それを一度も顔に出すことはなかった。迷惑がるどころか、『ゆっくりでいい』『ここは個室だから、なにも気にしなくていい』と、いつも気遣ってくれる。
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