婚約者に「いらない」と言われた私が、愛され妻を演じることになりました
 凌也さんがそれをみすみす許すはずはないが、なにかがあってからでは遅いと、視線を上げて訴える。

「鏑木さんがなにをしてきても、凌也さんなら大丈夫だと思ってはいるけれど……」

 言葉が続かないでいるうちに、凌也さんが私の額に口づけた。

「そう。俺なら大丈夫だ」

 自信たっぷりに言いきれてしまうところが、この人の魅力でもある。

 頬が熱くなり、羞恥に瞳が潤み出す。ようやくうろたえた私に、彼は満足そうな顔をした。

 夫婦円満をアピールするための演技だとわかっているけど、恥ずかしくてたまらない。彼に触れられることがうれしくあり、けれど気持ちは伴わないのだと寂しくもなる。

「困ったなあ」

 なにが?と、凌也さんの言葉に首をかしげる。

「こんなにかわいい顔で上目遣いに見つめられたら、変な気を起こしそうになる」

「……なっ」

 パッと顔をうつむける。

 変な気ってなに?
 どういうこと?

 あわあわしている私の頭を、凌也さんが優しくなでてくる。その心地よさを感じる余裕など、まったくない。

「凪は魅力的だよ」

 顔を近づけて、耳もとでささやかれる。

「うぅ……」

 色気のあふれる声音と地肌に感じる彼の息遣いに、背中がゾクゾクする。

 夫婦らしさの追求だけでなく、彼の振る舞いは私に自信をつけさせるためでもある。これまで蔑ろにされてきた分、凌也さんは私を大事にしてくれる。

 とはいえ、この近すぎる距離感でそんなことを言われてはたまらない。

 凌也さんがくすりと笑うのがわかって、恥ずかしさに両手で顔を覆った。

「なにも心配はいらない。凪はいつも通りでいればいいんだ」

 打って変わって、穏やかにそう言う。
 凌也さんはいつだって私の背中を押してくれる。そんな彼に応えるためにも、うつむいてばかりではだめだと思っている。
 羞恥心をこらえてせめてもと指の隙間から彼に視線を向けた私を、凌也さんは声をあげて笑った。


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