婚約者に「いらない」と言われた私が、愛され妻を演じることになりました
 よく眠れない夜を過ごし、いつもより早めに動きだす。

 家事を済ませると、今夜のために選んでおいた服をクローゼットから出してきた。
 選んだのは、オフタートルのニットワンピースだ。柔らかくて、温かみのあるキャラメル色が気に入っている。
 これにロングブーツを合わせて、コートは……と、決めていた組み合わせをあらためて確認していく。

 決めるまでに数日かかったなんて、自分でも呆れてしまう。
 でも、明るい印象にしたい、少しでも凌也さんに可愛いと思われたいと悩む時間は、私にとって楽しくて幸せだった。

 凌也さんからは、昨晩の連絡を最後にメッセージはなにも届いていない。なにが起こっているかはわからないが、相当忙しくしているのだろう。

 玲奈や父が、彼に迷惑をかけていないだろうか。そんな不安が常に拭えず。じりじりとした時間を過ごしていた。

 昼になり、ランチを簡単に済ませる。彼からの連絡はまだなくて、なんとも言えない焦燥感が大きくなっていく。

 もうすぐ十五時になるけれど、凌也さんは何時頃に帰れるだろうか。
 なにも手につかず、テーブルには朝置いた海外ウエディングのカタログが放置されている。あれだけ楽しみにしていたというのに、今は凌也さんが心配でじっくり見るような心の余裕がない。

 しばらくした頃、唐突に響いたスマホの着信音にドキリとした。
 画面に凌也さんの名前を認めて、慌ててスマホを手に取る。

「も、もしもし」

『凪、申し訳ないが、今夜の約束はキャンセルさせてほしい』

 ここ最近の多忙さから、なんとなくそんな予感はしていた。

「……うん。その、凌也さんはだいじょ――」

『凌也さん、凪に連絡ですか?』

 そちらは大丈夫なのか? 私のことは気にしないでほしいと言いかけたところで、背後から聞こえた女性の声に遮られた。
 あの口調にあの声は、間違いなく玲奈だろうと察しがついてしまう。

『凪だったら、どうせ家でダラダラしているだけでしょ』

『黙ってくれないか。俺にかまわないでくれ』

 凌也さんがきっぱりと拒絶していることに、小さく安堵する。

『凪、すまない。しばらくバタバタするが、心配はいらないから』

「……わかった。体にだけは気をつけて。絶対に無理しないでね」

『ああ。心配してくれて、ありがとう。また連絡する』

 私に向けられた彼の声は穏やかでほっとする。

 でもその安堵も、玲奈が彼を呼ぶ声にぐらぐらと揺らぐ。
 不貞はまったく疑っていなくても、彼女が凌也さんの近くにいるというだけで胸がざわめく。

 彼女はきっと、ありもしない私の悪い話ばかり彼に聞かせるのだろう。
 私は縁を切ったつもりなのに、未だに纏わりついてくる。その矛先は、夫である凌也さんにも向けられている。

 いつか、凌也さんの足を引っぱることにつながるのかもしれない。

「どうしたらいいの……」

 彼の隣にいるのは本当に私でいいのかと、胸がじくじくと痛みだす。

【クリスマスにひとりで過ごすことになって、残念ね】

 追い打ちをかけるように届いた玲奈からのメッセージに、ますます追い詰められていった。



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