婚約者に「いらない」と言われた私が、愛され妻を演じることになりました
 夜になり、夕飯を済ませて海外ウエディングのパンフレットを手にしていた。

 でもそれを見る気になれず、気持ちが落ち着かない。
 実家にいるとき、食事はひとりで食べるのが当たり前だった。婚約中に鏑木さんと一緒に食べる機会もあったが、交わされる会話は私への注意や指摘ばかり。食欲は失せていくし、楽しいはずがなかった。

 結婚してからというもの、凌也さんはできる限り私と一緒に食べてくれる。私が興味を持ちそうなことを話題にしてくれるから、話が弾む。彼が聞き上手なこともあって、自分はこんなにおしゃべりだったのかと自身が驚くほど饒舌になった。

「まだ、帰れないのかなあ……」

 明日のクリスマスは、一緒にディナーへ行く約束をしている。そのための衣装は、何時も悩んでようやく決められた。

 もしかしてディナーの時間を空けるために、彼は忙しくしているのかもしれない。
 そんな想像をして、次第に申し訳なくなってくる。
 約束は楽しみだけど、彼に無理をしてほしくない。ふたりで過ごせるのなら、自宅だってかまわない。

 ぼんやりとしていたところに鳴り響いたスマホに、視線を向ける。玲奈かと思うと、気が重い。
 けれど凌也さんだと気づいて、慌てて画面をタップした。

【すまない。急用が入って、今晩は帰れなくなった】

 その内容に、不安が大きくなる。

 なにか、問題でもあったのだろうか。心配になるが、仕事について私が尋ねるわけにはいかない。

 この件で自分にできることはなにもない。それをもどかしく思いつつ、寝室へ向かう。
 ベッドに座り込んだタイミングで、もう一通メッセージが届いた。

【最近あんたの旦那、帰宅が遅くなっているじゃない? 浮気でもしているのかもね】

「なに、これ……」

 送ってきたのは玲奈だ。
 まるでこちらの現状を見透かしているような内容に、胸がざわめく。

 凌也さんが不貞を犯すなんて微塵も疑っていないが、どうして玲奈が多忙だという状況を知っているのか。

 実家とは同業とはいえ、規模がまるで違う。まさか父をそそのかして本条になにかを仕掛けたとは思えないけれど、字面で見る限り玲奈はなにかを企んでいる気がしてならない。

 凌也さんが仕事でやりとりしている先に、玲奈がいるのだろうか。私の知る限り、実川と提携するような関係にはないはず。
 玲奈に尋ね返したいところだけど、ぐっとこらえる。

 ここで私が反応したら、彼女の思うつぼだ。
 さんざん私の不安を煽って、合間で貶めす言葉を平然とぶつける。自分が傷つけられるだけだとわかっているから、返信はしない。

 それに玲奈と密かに連絡をとっていたなんて、凌也さんにしたら裏切りのように見えかねない。

 ベッドにもぐり込み、布団を頭まで被る。そうやって、なんとか不安を振り払おうとした。



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