婚約者に「いらない」と言われた私が、愛され妻を演じることになりました
『遅いのよ、凪』

 ずいぶん苛立っていることが、ひと言目から伝わってくる。

「……玲奈」

『私、さっきまであんたの旦那と一緒にいたのよ』

 玲奈が意味深な口調で言う。

 凌也さんが彼女を拒絶していたのは、スマホ越しに聞こえていた。だからこんな挑発には乗らない。

『結婚して間もないというのに、クリスマスに放置される妻ってだっさ。本当に憐れね。まあ、凪だから仕方がないか。あんたといたって、辛気臭いだけだしね』

 相変わらずのいいように、返す言葉に詰まる。

『なんとか言ったらどうなのよ! そとういうところが、むかつくのよ』

 彼女の荒れた口調を耳にしていると、鼓動が速くなる。

 でも、以前のように怖くてたまらないとまでは感じない。
 凌也さんに情けない姿はもう見せたくないと、スマホを握る手に力を込めた。

『全部、凪が悪いのよ』

「……なんの話?」

 状況は把握したいが、彼女の言動に惑わされてはいけない。冷静になるように自分に言い聞かせながら、淡々とした口調を心掛ける。

『凪が勝手な事ばかりしているから、パパも鏑木さんも怒っちゃってね』

 凪がくすっと楽しそうに笑う。
 得意げな様子に、話したくてたまらない気持ちが伝わってくる。こちらが相槌を打っていれば、玲奈はすべて語ってくれそうだ。

『三峰記念病院と本条の取引で、不審な点があるってパパが相手方に伝えたのよ。ついでに鏑木さんにもね。あの男、なんだかんだいって従順なあんたが気に入っていたようよ。本条を恨んでるみたいで、率先して悪評を流しちゃって』

 鏑木さんが私を?
 そんなわけがないと言い返したいが、反抗せず言いなりになる私は彼にとって都合の良い存在だったのも本当なのだろう。

 実家や鏑木さんが、私の行動に腹を立てているのはわかっていた。
 それでも、まさか結婚相手である凌也さんにまで手を出してくるとは信じられない。可能性はゼロでなかったにしても、本条グループは手の届かないほど格上の存在だ。ちょっかいをかけたところで、勝てる見込みは低いというのに。

「どうして……」

 思わず声が漏れてしまう。

『もちろん、実川は無傷でいられるわ。沈んでもらうのは本条凌也。それから、凪。あんたもよ』

 玲奈の話を聞いて、事の全貌が見えてくる。
< 92 / 107 >

この作品をシェア

pagetop