棘ある花も愛されたい
玄関に入ったわたしは内側から鍵を締めると、一つ小さな溜め息を吐いた。
何故か分からないが、自宅に入り、やっと一人になれた事にホッとする。
青佐くんとの帰り道は、変に気を使ってしまい、何だか緊張してしまうのだ。
それなのに、昨日は初めて会ったはずの禅さんとは、自然体で会話が出来て、初めて会ったはずなのに自宅に招いて、一緒にご飯まで食べてしまった。
あの時のわたしに変な緊張感は無かった。
わたしはムートンブーツを脱ぐと、靴箱の上のガラス皿に鍵を落とす。
そして、短い廊下を進んでリビングへの扉を開けると壁に手を付き、壁にあるスイッチを押して、リビングの電気を点けた。
明かりがついたリビングを眺めて思い出すのは、諒祐と過ごした日々ではなく、禅さんと一緒にご飯を食べた昨日の光景だった。
これといって、特別な事はしていない。
ただ、一緒にソファーに並んで座り、ビールを飲みながら、茶碗を片手に胡瓜の浅漬けと納豆をおかずにしてご飯を食べただけ―――···
それなのに、どうしてこんなにも、わたしの心に禅さんが焼き付いているのだろう。
わたしはソファーの上にトートバッグを落とすと、カーテンを閉めた。
そして、いつもなら欲しくなる諒祐の煙草の香りにも目もくれず、ベッドへと倒れ込む。
(禅さん、今日も公園のベンチに寝転がって、月を見てるのかなぁ。)
わたしはそんな事を考えながら、自分の家の天井から下がる球体の照明を見上げた。
明日は、禅さんと会う約束をしている日だ。
わたしは仕事が休みの為、禅さんの仕事が落ち着くのを待ち、夕方に一緒に買い物へ行って、それから禅さんの自宅にお邪魔する事になっている。
わたしの頭の中は、明日何を作ろうか、献立の事で一杯になっていた。
まず、豚汁を作ろうとは思っている。
それから鮭を焼こうか、玉子焼きを作ろうか―――···
また禅さんは、喜んでくれるだろうか。
また禅さんに喜んでもらいたい。
久しぶりに感じる胸の高鳴りに、わたしは自分自身に少し戸惑った。
この気持ちは何だろう。
諒祐が居なくなった寂しさから、わたしは禅さんを利用して紛らわそうとしているのか?
それとも、禅さんと過ごす時間に安らぎを感じているのか?
まだ諒祐が居なくなって2週間なのに?
わたしの諒祐への気持ちは、その程度だったのか?
いくら自問自答をしても、答えは見つからない。
わたしはベッドから身体を起こすと、チェストへと歩み寄り、その上に置いてある諒祐の煙草を手に取った。
しかし、今日は煙草を吸おうという気にはならない。
わたしはそのまま諒祐の煙草をチェストの上に戻すと、振り返って部屋を見渡した。
(この部屋での諒祐との思い出って、何だったっけ······)
過ごした時間は長いはずなのに、特別思い出せる事がないことにわたし自身が驚く。
わたしは、なぜ諒祐に執着していたのだろう。
ただ、一人が寂しかったから?
諒祐が自分の居場所だと、思い込んでいたから?
もしかしたら、わたしはまた自分の居場所を失う事が、こわかったのかもしれない―――···
そう思った。